2006年01月

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2006年01月25日

第93号

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新たな価値観で目標を示せ

今なぜマニフェストが求められるのか?
 日本の政治を変えようと、全国を駆けずり回っている男がいる。「日本が1000兆円もの借金を背負ったのは、政治家も確かに悪いが、その政治家に白紙委任した有権者にも問題がある。政治家を選んだ責任は当然、有権者に帰ってくる。そのことに国民が気付かねば日本の将来はない」。三重県の知事として、その改革手腕が全国から注目され、現在、政権公約=マニフェスト運動を展開する北川正恭氏(早稲田大学大学院公共経営研究科教授)だ。マニフェストはまちづくりにおける政治家と市民の具体的な数値約束でもある。今なぜマニフェストが求められるのか、北川氏に聞いた。

全国初!市民がマニフェストを検証

 昨年10月、大阪市枚方(ひらかた)市で、全国初の画期的な試みが行われた。市民が首長のローカル・マニフェストを検証する大会である。ローカル・マニフェストの最前線をレポートする。

これが“身の丈”再開発の先端事例

 地権者の合意形成や財政的な課題から、全国的に苦戦を強いられている市街地再開発事業―。大阪市寝屋川市では、こうした課題を解決すべく、新たな再開発事業が計画されている。組合や市が施行者になるのではなく、地権者が参画して『再開発会社』を設立、さらに第2種事業という手法を導入することで事業のスピードアップ化を図る。さらに、従来の再開発事業のように1つの大型再開発ビルを建設するのではなく、土地を分筆して用途に応じた複数の建物を建設。余計な投資を避け『身の丈』に応じた再開発を実現させるという。   
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再開発計画地内の道路は、車一台がようやく通れる狭さ。図=第1種に比べ第2種の税控除はメリットが多い

これが日本の集落の現状だ

oono.jpg 独居老人の滞留する場と化した村。人影もなく、一日誰とも口を聞かずにテレビを相手に夕暮れを待つ老人。時折、天気がよければ野良に出て、自分で食べる野菜の手入れをし、年間36万円の年金だけが頼りの家計・・・。長野大学教授で高知大学名誉教授の大野晃氏が日本の集落の現状を報告する。

マニフェストで市民政治を取り戻せ

 ■今なぜマニフェストなのか
 私がローカル・マニフェストの必要性を説いたのは2003年1月のことです。その年の統一地方選挙では、いくつかの先進自治体の首長がマニフェストを書き、秋に行われた総選挙では初めてパーティー・マニフェストが取り入れられました。その後、回を重ねるごとに、マニフェストは進化し、定着してきたと思います。地方が国を動かしたのです。
 そもそもマニフェストを提唱したのは、地方分権の一環なのです。
 話は今から10数年前にさかのぼります。
 当時、政治文化を変えるには選挙制度を変える必要がある、したがって政治改革はつまるところ選挙制度改革ということで一点突破の運動をスタートさせました。それが小選挙区制の導入です。
 中選挙区制は、5人の選挙区なら(選挙者の)10%〜15%とれば当選です。公共事業で東京から金をもってくることで当選できたわけです。しかし、そんな姿に政治不信がおきてきた。
 小選挙区制は、50%とらなくては当選できなくなりました。いわゆる公共事業族も、10%の指示が得られても、残る90%が反対すれば当選できなくなったわけです。
 つまり、政治家と有権者における「地盤、看板、カバン」というパトロンとクライアントの関係は、もう終わりにして、政策中心に選挙していこうということなのです。
 そもそも国会議員の仕事はローメーカー、法律をつくることです。小選挙区制にすることで、ローメーカーに徹してもらうことが目的だったのです。
■地方政治へは影響がなかったのでは?
 地方政治も大きく変わりました。国会議員が政策中心で立法府の仕事をするということは、地方のことは、地方に任さなければ成り立たないということです。
 地方のことは、知事なり市町村長が責任をもって行わなければいけないということです。すなわち小選挙区制と地方分権は密接に関係しているのです。
 2000年に地方分権一括法が施行され、国と地方の関係は「上下の関係」から「対等の関係」となり、地方の首長は国の出先事務所長ではなく経営者になりました。
 経営者だったら経営理念、経営方針を書き、それを達成するための実行体制をつくり、実行、検証といったことを行わなくてはいけません。それがマニフェスト・サイクルというものです。
 中央集権では国への陳情合戦だったのを、政策合戦にしよう、その政策は、自ら考え自己決定し、自己責任のもとに果たす。それを具体的な数値を示して市民と約束しようということです。
 小選挙区も地方分権もマニフェストも政策中心の選挙ということではすべて共通しているのです。
■マニフェストにより、市民意識はどう変わるのか?
 マニフェストは政治家の責任も問いますが、主権者である有権者の責任も双方向で問います。
 全国1000兆円の借金で悩んだのは政治家の責任もありますが、そうした政治家に白紙委任した有権者がおろかだったわけです。ここまで借金ができたという問題意識は、政治家も有権者も双方が共有しなくてはいけません。いままでは民主主義の錯覚をしていたにすぎないのです。
 市民意識が変わらなくてはこの国の未来はありません。マニフェスト運動は、こうした問題を気付かせることで、民主主義のインフラを整備していこうという運動です。
■マニフェストを一般市民に配布するのは公職選挙法の規制があって難しいようだが?
 マニフェストを実際に進めてみると、いろいろな課題が見えてきます。一般市民に配布しようと思っても制約が多すぎる、公示後はホームページの内容を変えることができない、財源を書いても補助金が国に握られていれば、達成できるかわからない・・・。つまり、マニフェストは民主主義社会を実現するための必要条件ではありますが、十分条件ではないということです。
 ですから、問題になった部分は、解決するようどんどん皆で変えていこうということです。
 公職選挙法を変えて配れるようにすればいい、ホームページもどんどん活用できるようにしよう、補助金が国に握られないように権限移譲をしよう・・・、マニフェストはこうした問題を気付かせてくれる道具なのです。
■今後、マニフェスト運動はどのように発展していくのか
 今、マニフェスト運動は新たな段階をむかえています。
 それは、大解釈です。要するに、政治を市民の手に戻す意思が首長にあるかどうかという、民主主義の根幹を問うところまできています。
 既存の総合計画、これまで通りの事業の進め方など、事実前提の政策をいくつ展開したところで、何も変わりません。新たな経営者が新たな価値感にもとづき目標を掲げ、それを達成するための具体的な約束を市民と交わすことが求められます。
 総合計画や、基本計画より、重要な位置付けになります。
 これからの首長は、どういう国を、あるいは、どういう県、どういう町村を目指すかという理念を示す大政治を行わなくてはいけません。
 自治体なら、住民総意によるまちの理念である自治基本条例をつくるべきでしょう。それがマニフェストを評価する判断指標にもなります。こうやって運動が進化していけばいいのです。
 議会のあり方も変わるべきでしょう。マニフェストで独裁的なことを書く人もいるかもしれない。その書き方をチェックできるのは、市民でもありますが、もちろん二元性における議会の役割が大きいわけです。
 中央集権体制では、ほとんどのローカル議会は追認機関で、首長と一緒に東京に陳情に行こうでした。ですから「中央政府」対「地方公共団体」と呼ばれ、「地方政府」と呼ばれることがなかったのです。
 議会は、在任期間中の考え方を契約書として示した首長をチェックするとともに、自らも条例をつくり、政策で競うべきです。


全国初!マニフェストを市民が評価

 昨年10月、大阪市枚方(ひらかた)市で、画期的な試みが行われた。市民が首長のローカル・マニフェストを検証する大会である。
 同市の中司宏市長は、2003年春の統一地方選挙で、枚方版マニフェストを掲げ3選を果たした。北川氏が提唱するローカル・マニフェストの運動に真っ先に賛同した一人だ。
 枚方版マニフェストの中身は「市政の構造改革」「生活安心都市」「環境保全都市」「生涯学習都市」「生活基盤の整備」という5つの政策目標と、その下に21の施策の方向、さらに77の具体事業を設定している。
 例えば、行政改革については「2007年4月までに正職員250人を減らします」、生活安心都市では「今後4年間で一時保育を実施する保育所を5カ所増やします」といった具合に、在任期間中のまちづくりを具体的な数値で目標と期限までを明確に示している。
 しかし、多くの市民は、マニフェストの存在を知らない。今回、評価にあたったメンバーも「大半はマニフェストを知らなかった」という。もちろん、40万人の人口を抱える都市で、そこまで市政への関心を高めるのは難しいだろうが、公職選挙法の関係で、マニフェストを市民へ配布するには多くの規制が伴い「市民に周知するのはかなり難しい」といった理由もあるようだ。例えば、行政が政治家である首長のマニフェストを配布することはできないし、行政が政治家のマニフェストの達成状況を評価することもできない。
 そこで中司市長が考えたのが、マニフェストの内容や達成状況を市民によって評価してもらうという企画だ。
 中心になったのは地元商工会議所。青年会議所のOBで、実行委員長を務めた宮田明さんは「市長からは、(青年会議所に)マニフェストを評価してもらうような大会が開けないか投げかけがあったのですが、青年会議所(JC)が主催すると、市長も同じJC出身ですので自画自賛になった企画になりかねません。そこで、商工会議所に主催してもらうことで市民理解を得られるようにしました」と説明する。
 実行委員会では、市民を構成メンバーとする「市民評価委員」を設立。商業、工業、NPO、大学など各分野から5人を選出し、年齢も20代から60代と幅広くすることで、公平性に配慮した。
 ほとんどの評価委員は、マニフェストの見方すら知らないため、同志社大学の新川達郎教授を招き、2カ月で計4回にわたるマニフェストの勉強会を開催。その上で、大会当日、市長のマニフェストに対する採点結果を発表した。
 結果は、200点満点中、5人の平均が125点。最低が110点、最高は133点で、市長の自己評価137点をすべてが下回る厳しいものだった。
 今回の採点では、マニフェストの達成状況に加え、周知度や検証体制など幅広い項目が盛り込まれた。
 中司市長は「達成状況だけをみれば、平均80点ぐらいはクリアできていると思うのですが、認知度など、法律上どうにもならない部分もあり、正直、厳しい採点だと感じました」と振り返る。
 ただ、大会を通じて、市民意識には少なからず変化があったようだ。実行員会事務局長の十河宏輔氏は、大会会場で360人の参加者を対象に行ったアンケート結果から「市民から検証大会について前向きな意見が多かったことに驚いた。マニフェストを市民がどう評価したかを見たことで、市民の意識がかなり変わったのでは」と推測する。
 評価委員をつとめた藤田二郎さんは「マニフェストの存在は知っていましたが、中身まで詳しく見たことはありませんでした。自分の住んでいる地区のことが書かれていないかなど、見るだけでも興味を持つことができると思います。市民に広く配布できるようにすることが大切ではないでしょうか」と感想を語る。
 中司市長は「検証大会では政策自体への意見もいただき参考になった。マニフェスト型の市政運営をさらに進めていきたい」と話している。


 

投稿者 machizukuri : 更新日2006年01月25日 | コメント (0) | トラックバック

2006年01月15日

第92号

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地場企業による住民参加型PFIをつくれ!

 スーパーゼネコン・大手商社などの市場で、地域の中小企業には手が届かない、といわれてきたPFI事業。これに対し地場の中小企業が力を合わせ、市民出資によるまったく新しいPFI事業を実現させようと、神奈川県内で組織を発足させた。有限責任中間法人神奈川県PFI協会。同協会は神奈川県西部エリアの市町村事業をターゲットに、不動産証券化手法を手段として住民参加型PFIの事業化を狙う。

新春座談会 18年地域再生はこう進めろ!

 国は今年1月、地域と大学などとのコラボレーションを促す「地域の知の拠点再生プログラム(仮称)」をまとめた。プログラムの内容とはどんなものか?連携相手である大学などはどんな取り組みを行っているのか?課題は?内閣官房地域再生推進室・構造改革特区推進室副室長小川登美夫氏と、高崎経済大学(群馬県高崎市)地域政策学部長(教授)大宮登氏の2人に話を聞いた。

ボクサー、街を守る

 ここは東京都世田谷区の明大前。わが町が誇る正義のヒーローが元プロボクサーの吉川英治さん(45)。9・11テロ直後のニューヨークに単独でボランティアのために乗り込んだりもした大川ボクシングジムのトレーナーである吉川さんは日本初の民間自警団『明大前ピースメーカーズ』を2001年6月に結成して以来、各地の学校を訪問し、学生達に「夢」「正義」「非暴力」「勇気」などを説いてまわっています。
市民記者コーナー・世田谷ボランティア宮元いおり

手段は不動産証券化による資金調達

 17年12月に発足した有限責任中間法人神奈川県PFI協会は「地場企業によるPFI」「住民参加型PFI」を目指す。組織の構成メンバーは地域の中小企業40者で構成され、異業種交流による相乗効果を目論む。地域の中小企業が業種の垣根を越えて手を結び、証券化手法を導入、地域住民から資金を調達して施設を建設、維持管理に対する市町村からのサービス対価で出資者への配当を行う。「地場企業によるPFI」「住民参加型PFI」を合言葉に同県内での実績をつくり、ひいては全国へ、神奈川モデルを広めていく意向だ。

 活動内容は、研修会などを通じて学習を重ね、神奈川県内西部エリアの30市町村を対象に新たなPFIのPRを図る。近い将来は市町村などとの協議会組織をつくり、住民参加型PFI導入の可能性を模索、実現化していく。

県西部の30市町村事業を狙う

 協会が提案するスキームは、PFI事業に必要な資金調達に、不動産証券化手法を導入、民間からの出資を仰ぐもの(図)。従来の大手ゼネコンなどが大手金融機関と組んで融資を受けていた形(間接金融)とは異なり、地域住民からの出資により(直接金融)資金を捻出する。地域が求める公的施設を地域住民が自らの出資により整備をする。しかも同資金を元手に、地場中小企業のコンソーシアムが事業を推進する。これを住民参加型・地場企業によるPFIと呼ぶ。出資者に対する配当は、施設運営に対する市町村からのサービス対価からあてる。
 会長に選出された山本泰然氏は「PFIのビジネスモデルを提案したい。地場企業による住民参加型というもの。神奈川モデルとして実績をつくり全国にも広めていきたい」と抱負を語る。
 また山本会長は「日本はインフラの貧弱な国。例えばイギリスロンドンでは、古い建物を改築する時、壁をはがして残し、新しく建てた施設に張り、景観を守ることを法律で決めている。歴史のないアメリカでも100年住宅は地域の誇りだ。日本もバブル崩壊を経て、やっと自分たちの子孫に何を残すべきか考える時代になった。長く使っていくには良い施設を造らなければならない。そのためには地場で生きる人々が責任を持って良いストックを構築する必要がある。担当者が転勤してしまう東京の大企業の施工では困る。地域のストックを地域が自らの力で整備すること、それが結果的には地場の振興、地域再生につながっていく」と説明する。
※不動産証券化=所有権が流動化しにくいとされる不動産を株式などに小口化して投資家に販売し流動化を図る。不動産管理をして生み出された収益は投資家に配当する仕組み。
※中間法人=平成14年4月施行の中間法人法による。倒産隔離などリスク分散を担う組織形態。

投稿者 machizukuri : 更新日2006年01月15日 | コメント (0) | トラックバック

2006年01月07日

ベンリッチが出店加速(大河)

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 ベンリッチ(大阪市中央区)は、岸和田市の商店街への出店を加速している。若者をターゲットにした洋服店などを積極的に出店、すでに市内に3店舗をオープンし、2008年までに10店舗の出店を計画している。
 同社はイベントの企画・制作やイベント会場の施工・運営、アパレルを中心とした自社店舗の運営が主力。地方の商店街では大都市の繁華街に比べ、賃貸料や人件費などを抑えられる点に注目。岸和田市内の商店街で04年11月に若者を対象とした洋服店をオープン。さらに帽子専門店や子供服専門店を相次いで出店した。08年までに10店舗をオープンする計画で、全店舗あわせて9億円の売り上げを目指す。
 地方では大型量販店の出店・撤退の影響や後継者難で既存の商店街での閉店が相次ぎ「シャッター商店街」が増えている。一方、若者の間では「居住地には欲しい服が売ってない」などの理由から、関東圏では渋谷、関西圏では大阪・心斎橋のアメリカ村などへ集まっているのが実情。
 空き店舗を積極活用しようという出店攻勢が、商店街活性化に一役買うことが期待される。

投稿者 machizukuri : 更新日2006年01月07日 | コメント (0)

若武者たちの門出〜ニート自立塾より第ニ段〜

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 窓から見える視界は色彩に富み、彩りを添えるもの、打ち消すもの、両者の共存で美しさを醸し出すこの季節。農地の多くは収穫を迎え、これからの寒空に閑散とした姿をさらす。
9月26日に入塾した若者は、そんな景色を投影するかのように変化をきたしている。それが良い変化なのか悪い変化なのか、それを判断するのは他者に任せるかのように無関心を装う者もいる。
 あれから2カ月(12月7日現在)。若干の出入りがあり、入塾時と変わらぬ7人の若者が合宿生活を行っている。ある者は、ここから出るために自ら面接に挑み就労した。また、ある者は、ここに戻るまいと思い就労した。形はどうあれ、就労という結果に結び付いた事実は幸いとでもいうべきか、今でもその判断に戸惑うが、彼らの「追い」は地道ながら今も続いている。
 この2カ月間、正直、塾生にとってあまり褒められたカリキュラムではなかったのでは、と思い返すことも多々あった。しかし、すべての塾生の要望を聞き流動的にカリキュラムを組み変えていくということが、果たして彼らの自立にどれだけ好影響を与えるのか、と常に問うてきた。
 「これは甘えなのか、それとも本当に無意味なカリキュラムなのか」と、その見定めに苦労し自問自答。その塾生との微妙な距離感を保つ中、カリキュラム開始時には見ることができなかった意外な一面の数々、そして笑顔。
 ふと顧み、思い出す。
―残暑も厳しく残る9月。塾生からの不満を大いに浴びた「塾内補修・清掃作業」。
―夕刻の肌寒さを感じ始める10月。「俺は農業なんてやるつもりもない」と言わんばかりの中行った「圃場開墾・種蒔き」。劇団の方を招いて行った特別プログラム。地元の里山保全団体に参加した「肉体労働」。
―朝焼けの澄んだ空に目覚める11月。曇り日の、薄明かりに凍える教室で行ったヘルパー講座2級。座学の続く日々の辛さを、緩和させるかのように就労体験・職場見学が始まり、そして地元の商工会青年部との交流を通し、共に行った地域の祭。
―紫煙の如く漂う吐息に身震いする12月。ヘルパー講座2級の資格習得プログラムもいよいよ佳境に入り、現場実習を残すだけとなる。この講座で学び感じて欲しい「人間力」、そこに期待をするが、実際の反応はまだ鈍い。そして卒塾に向けての個々の方向性を見出すべく、個人面談は続く。
 ◆  ◆  ◆
 卒塾に向け、最後の1カ月を迎えている。私たちが開塾前に思い描いていたその世界とは違い、その戸惑いの下に生じる塾生の不平不満、そこに突然訪れる笑い。まさに現場には喜怒哀楽という言葉が生む「人間」が存在している。その極端な変化に一喜一憂。
 頭で考え続ける日々を過ごしてきた彼ら。それに対し身体で考えさせようと努力してきた。互いに譲歩し合い歩み寄っては白波のごとく離れ、離れては寄り。その距離感に緊張を覚え、信頼を得ようと近付く。個々により、自立する対象物の相違により発生するカリキュラムの組み換え。就労支援以前の問題に取り組む日々。一瞬一瞬の積み重ねで築き見えて来る、自己目標。
 どれも塾生の頭の中では大変だと思う事柄をやり遂げてきた。そして今日、この過ごした2カ月間以上に緊張の日々が続くと感じる。彼らの中で、未だ自身内に眠るその才能に気付かず、そして生かす場が見つからず飢えている者もいる。あるいは、大体の職種を決めハローワークに通う者もいる。この月は、塾生自らが提案・行動し、スタッフが作り上げた既存のカリキュラムを変えていく勢いで過ごして欲しいと希(こいねが)う。そしてゆっくりと確実に「それ」に向かって共に歩んで行きたい。
 来期を見据えながらも、一期生のこれからを見守る。その一歩を踏み出せぬ若者、そこから出ることにより、今抱えている悩みを打ち明けられる仲間がここにいることを感じて欲しい。一人で解決できない問題だからこそ、皆で集まって考えようじゃないか。
 師走、緊張の迸(ほとばし)りを感じる。
労協若者自立塾スタッフ(※二期生申込み受付中、問い合わせ先=企業組合労協センター事業団労協若者自立塾〒289―1621千葉県山武郡芝山町牧野324―4、TEL: 0479―77―2566 FAX: 0479―77―2567)

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2006年01月05日

第91号

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ここが自立町村だ

 合併を選択せずに、自助努力による自立の道を選んだ全国の町村を、まちづくり新聞が独自取材からピックアップ。18年はこうした自立町村の活動にスポットをあてる。

破綻した自治体が自力で立ち上がった

 実質収支比率がマイナス27・7%に達し、事実上破綻した村(福島県泉崎村)が、国の管理下に入らず、自力で財政再建する道を選んだ。巨額な赤字を背負った歴史、自主再建を選択した理由、そして再生の手法を紹介する。

18年のまちづくりテーマは「地域再生」

 まちづくり新聞は、平成18年、「地域再生」をテーマにします。これまでも全国各地の地域再生事例を取材してきましたが、具体的な切り口を「環境」「防犯・防災」「行財政改革」「中心市街地」の4つにしぼり、環境では「バイオマス」、防災は「耐震」、行財政改革は「PPP」、そして中心市街地は「まちづくり3法」にスポットをあてます。

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