« 2006年01月 | メイン | 2006年03月 »
2006年02月27日
地域の知の拠点再生プログラム
連...
連携支援措置11項目を盛り込む
内閣府地域再生本部は、地方自治体と大学が連携した地域活性化の取り組みを支援するため「地域の知の拠点再生プログラム」をまとめ発表した。内閣府が進めている「地域再生」の柱の一つとして位置付け、地方大学などを核に、地域に根ざした人材育成、ネットワークづくりを促進させたい考え。
プログラムは、地方自治体が人材育成などを目的とする「地域再生計画」を策定した場合、政府の認定を受ければ、文部科学省や経済産業省などから規制緩和や財政的支援を優先的に受けられるという内容。具体的には「地域再生計画の認定」と連動した支援措置として11項目盛り込んでいる。
このうち文部科学省では、昨年12月からすでに公募を始めている科学技術振興調整費「地域再生人材創出拠点の形成」との連携を柱に置く。同支援策は、今回の11項目の中では、唯一、「知の拠点再生プログラム」の策定に併せて新規につくられたもの。地域の大学と地方公共団体の共同した取り組みであることなどを条件に、1課題あたり原則5年間、年間5000万円を上限に支援する。このほか、文部科学省では、産学連携などを支援する「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」、「国立大学法人における地域振興、地域貢献関連事業」などを進める。
総務省では、地方自治体から国立大学法人への寄付が行いやすいように総務大臣との協議手続きを簡素・迅速化する。地方財政再建促進特別措置法により、自治体から大学への寄付は原則禁止されているが、自治体の要請が大きかったことから緩和措置を盛り込んだ。
その他の省庁の支援措置は表の通り。いずれも地域再生計画で政府が認定した場合には優先的に支援が受けられるようになる。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年02月27日 | コメント (0)
2006年02月25日
第96号
破綻したスキー場を官民協働で再生
宮城県白石市では、経営破たんしたスキー場を市民がNPOを立ち上げて運営を引き継ぎ集客率を平均20%以上も回復させた。スキー場を守りたいという一貫した思いが市民一人ひとりに「自分たちのスキー場」という意識を植え付け、さらに旅館経営者らが中心となって、利用者ニーズを汲み取った経営に転換したことで、地元住民から愛されるスキー場へと再生した。スキー場施設を所有するのは行政で運営はNPO。行政は、光熱費、職員人件費、保守点検費などの運営に関わる一切の補助は出していない。NPOは仮に天候条件などで赤字が出ても独自努力でそれを解消。逆に利益が出たら行政へ寄付するという甘えのない関係が保たれている。
続きを読む
指定管理者制度成功の秘訣
「民間事業者が考える指定管理者制度の成功のポイントは何か」―。三菱総合研究所は2月2日、全国約120人の自治体担当者らを対象に、同社が主催するパブリックビジネス研究会の会員企業らを講師とする、指定管理者制度の実務セミナーを開いた。まちづくり新聞では、3月15日号より、新シリーズPPP時代の幕開け〜企業の挑戦〜をスタートします。公共サービスの民間開放を企業はいかにとらえ、新たな手法を用いて切り開くのか徹底取材します。お楽しみに。
現役引退後も元気に稼ぐ!
竹炭で環境保全、生きがいづくり。おじいちゃんたちのビジネス!
70代半ばの高齢者集団が、里山で荒れ放題となっていた竹林を整備しながら竹炭をつくり、全国へ販売している。住宅の床下調湿材、水の浄化材、農業から生活用品まで幅広く活用できる竹酢液、さらには竹炭入りのクッキーなど、アイデア商品を次々と売り出し3000万円を超える年商を稼ぎ出している。高齢者の雇用と生きがいづくり、さらには環境保全、地域おこしにもつながる一石二鳥、三鳥の「お年よりビジネス」の現場を訪ねた。
乳せん炎やはれものなどに効くスイセン
シリーズ地域の華を求めて「身近な草花と健康」。今回は福井県の花「スイセン」にスポットをあてる。乳せん炎やはれものなどに効く以外な活用法にスポット。
地域の知の拠点再生プログラム
内閣府地域再生本部は、地方自治体と大学が連携した地域活性化の取り組みを支援するため「地域の知の拠点再生プログラム」をまとめ発表した。内閣府が進めている「地域再生」の柱の一つとして位置付け、地方大学などを核に、地域に根ざした人材育成、ネットワークづくりを促進させたい考え。
プログラムは、地方自治体が人材育成などを目的とする「地域再生計画」を策定した場合、政府の認定を受ければ、文部科学省や経済産業省などから規制緩和や財政的支援を優先的に受けられるという内容。具体的には「地域再生計画の認定」と連動した支援措置として11項目盛り込んでいる。
NPO法人不忘アザレア
みやぎ蔵王白石スキー場(以下、白石スキー場)は、蔵王連峰の南端、不忘山(1234m)の山麓に位置する。初心者向けから上級者向けまで、リフト4基、全6コースが楽しめる中規模のスキー場だ。昭和44年、京成電鉄のグループ会社によって開発され、その後、経営は日東ライフ(東京都)へと譲渡された。リフトやコースの充実が図られ、ピーク時の平成7年にはシーズンの利用者が10万人を突破するまでになった。
しかし、スキー人気の落ち込みや雪不足の影響により、利用者数は3万6000人まで激減。加えて親会社である日東興業鰍ェ平成9年、ゴルフ場経営の悪化などから倒産し、日東ライフは、白石市に対して、スキー場の譲渡を申し出た。
地元住民からも存続を求める意見が出た。「市内で唯一のスキー場ということもありますが、本校に通えない分校の子どもたちが毎年スキー大会を開いている大切な場所ですし、冬期における酪農家たちの大切な雇用の場でもあるのです」。当時、地元住民の先頭に立ち、存続を求めていた木村屋旅館(白石市)の社長で、現・NPO法人不忘アザレアの事務局長である木村孝氏(54)はスキー場への思いをこう語る。
近隣には大型のスキー場もあるため、利用者の多くは地元住民。ほとんどは日帰り客のため、仮に無くなっても、旅館に与える影響はそれほど大きくはない。、それでも、存続のために立ち上がったのは、地元シンボルとして守り残したいという強い思いがあったからだ。
「市にとっては、もらうも地獄、もらわぬも地獄だったはずです」と木村氏は続ける。スキー場は老朽化してメンテナンスも全て積み残されている。そのため、無償で引き受けても数億円規模の修繕費がかかかることは容易に推測できた。そして支出に見合う集客が確保できるのか―。
逆に、もらわないとなれば国有林野の現状回復義務が問題になる。民間企業は事実上、経営破たんした状態のため、誰がリフト建物を解体して植林を行うのか。氏のイメージダウンにもつながりかねない。そして何より、30年以上も冬の観光の顔であったスキー場がなくなる影響は、計り知れなかった。
「ただ要望するだけでは駄目だと思いました」と木村氏。自分たちが行動する以外ないと考えた。
一方、スキー場存続のために、行政側で中心となってきた当時の観光課係長の菊地正昭氏(現・企画情報課長)は「メリット、デメリットをまとめ、総合的な判断から受け入れることを決めました」と振り返る(2頁参照)。
いくつか民間企業からの申し出もあったが、土地を所有する営林署からしてみれば、もう民間会社には貸したくないというのが本音で、加えて、住民の不安にも配慮する必要があった。
しかし、すでに行財政改革を進めていた白石市では、過度な財政負担を避けるため、市長が直営では運営しないことを宣言。受け皿会社を立ち上げることを検討するが、設立資金が必要になること、さらに、全国的に3セクが失敗していることからなどから、資本金がかからないNPOの案が浮上した。
続きは紙面で
投稿者 machizukuri : 更新日2006年02月25日 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月15日
第95号
まちづくりの主役はLLPとLLCだ!
17年の法施行を受けLLP(有限責任事業組合)が300件以上全国で設立されている。経営コンサル・ソフトウエア開発といった分野が盛んだ。しかし国はLLPの本命を、地域再生・まちづくり分野だと考えている。地域のまちづくりは、これまで非営利目的のNPOなどが担ってきた。ただ経営知識不足などが課題だ、という指摘を受けていたことも事実。LLPはズバリ、ビジネスが目的の事業体で、課税面などのメリットが注目されている。富山県氷見市では18年度で、まちづくりをテーマとしたLLPの発足を予定している。スポットをあて、LLP、そして今年5月に法施行が予定されている新組織LLC(合同会社)とともに、その可能性を探ってみたい。
続きを読む
LLP・LLC完全解説
起業や共同事業に適するとされ新たな組織として注目のLLP(有限責任事業組合)・LLC(合同会社)は、地域再生・まちづくり分野での活躍が期待されている。LLPは17年末、全国で300件以上が登記され、LLCは今年5月予定の法施行を受けた設立が待たれる。LLP・LLCとは何か?解説する。
自然資源を活用、「メルヘンの里」を具現化
最初の頃は外から来た人に「言葉だけではないか。いったい村のどこにメルヘンがあるのか」とよく言われました。こう語るのは、岡山県新庄村の笹野寛産業建設課長。
岡山県の西北部、鳥取県境に位置する新庄村は、ブナの原生林や清流で知られる山村だ。かつては出雲街道の要衝「新庄宿」として栄えたが、人口は現在約1000人余り。県内で最も小さな自治体である。だが、新庄村は小さいながらもキラリと輝く村づくりで、全国的な注目を集める存在となっている。その始まりは『メルヘンの里・新庄』という言葉だった。
47都道府県「特別職」給与・報酬調べ
全国47都道府県知事のうち給与月額トップは石原慎太郎・東京都知事の145万円、同最低額は増田寛也・岩手県知事の65万円、その差額は80万円にもなることが明らかになった。全国都道府県議会議長会(東京)の調査から。知事給与月額の上位5者は東京都、大阪府、神奈川県、愛知県、長崎県の順、逆に下位5者は岩手県、長野県、青森県、島根県、香川県の順だった。
氷見・金沢市で中心市街地再生事業の主体に
富山県氷見市と石川県金沢市で、まちづくりを担う新たな組織形態LLPとLLCの設立が計画されている。仕掛け人は金沢工業大学(石川県野々市町)客員教授の小松俊昭氏。氷見市は空き店舗を活用した集客施設を運営する主体としてLLPを18年度にも発足する。金沢市では新たな不動産事業の主体としてLLP・LLCが提案されている。両市ともに地域住民が主体の共同事業が考えられ、組織化されれば、全国でも注目の事例になろう。
【氷見市】
18年度、「集客施設」の主体にLLP
氷見市は17年度「地域再生マネージャー事業」を受け、金沢工大と委託契約をした。同大学客員教授の小松氏がマネージャーに就任して、「氷見市におけるブランド戦略の強化とITツールを有機的に活用する地域活性化事業」を推進している。
17年度では具体的に@まちづくりポータルサイト「ヒミング」の構築・運営Aフレンチの巨匠・三國清三シェフを招いたイベント開催BLLP・LLCの勉強会開催―の3事業を実施している。
@は「氷見の宝探しをしよう」を合言葉に市民主体で眠れる資源を取材しサイト上に掲載する。Aは氷見の食材のブランド化をテーマとしている。三國シェフをメーンゲストにしたフェアを開き、全国からの来場者を対象としたアンケートなどを通じてブランド化につなげる。Bは17年度では勉強会を行い、18年度事業でLLPを発足する予定だ。
こうした事業を継続することで地域再生を図る。
小松氏は「氷見市は人口5万6000人余の小さな市だが、富山湾からとれる魚介類など豊かな食材がある。観光カリスマにも選ばれている堂故茂市長から地域再生を手伝ってもらいたいと話があった。国の事業を導入し食材ブランド化を考えようとしている」と経緯に触れた上で、「まちづくり・コミュニティービジネスのヒントは、ライフスタイルの変化にある。成熟化した現代、衣食住で構成されるライフスタイルの多様化に対応するには、オーダーメードが求められる。大企業の大量生産が難しいニッチ市場だ。その中の食を切り口としたまちづくりを考えた」と持説を述べた。
そして18年度継続事業の中で想定するLLPについて小松氏は「集客をテーマに、空き店舗を利用して食事を提供するような主体に導入したいと考えている。そこでは、地域の食材などを活用し主婦が毎日日替わりの手料理で昼食をつくり提供する『ワンデーシェフ』をイメージしている」と述べる。
※「地域再生マネージャー事業」=地域再生をテーマに、ノウハウのある企業や個人が地域再生マネージャーとして地域振興のバックアップをする。(財)地域総合整備財団(東京、都道府県・政令市の出捐からなる団体、通称・ふるさと財団)が16年度で新規事業化、総務省が協力する。18年度も新規10カ所程度を想定、3月27日までを申請期限とする(継続は2月28日期限)。16年度、新規11カ所採択(28市町村が申請)。17年度は、新規11カ所(16市町村が申請)と継続9カ所の計20カ所で実施中。事業期間は最長3年間。事業主体の市町村が業務委託する金額の3分の2を助成する。助成金額の上限は1000万円(事業上限は1500万円)。
続きは紙面で
投稿者 machizukuri : 更新日2006年02月15日 | コメント (0) | トラックバック
善光寺ライトアップ
...




投稿者 machizukuri : 更新日2006年02月15日 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月07日
料金・支払い方法
月...
月額1,000円(税込み)
原則として1年契約で1年分(12,000円)一括前払い
※郵便振込又は自動引き落とし
投稿者 machizukuri : 更新日2006年02月07日
2006年02月06日
日本ではじめてのまち歩き博覧会(長崎市観光部長延田恵)
...

長崎市では今年4月から10月まで、日本ではじめてのまち歩き博覧会「長崎さるく博'06」を開催します。博覧会とはいっても特別な会場を造るのではなく、長崎市全体を博覧会の会場に見立て、歴史に裏づけされた、西洋のゾーン、中国のゾーン、日本のゾーン、平和のゾーン、居留地のゾーンといった具合に、テーマごとのパビリオンに位置付けます。こうした地域の歴史と文化をガイド付きで、歩きながら楽しんでいただくものです。
長崎の観光客は減少傾向にあり、平成2年(長崎旅博覧会を開催)の627万人をピークに、昨年は497万人まで落ち込みました。これは長崎が「異国情緒」「ロマンのまち」といったイメージで定着(固定化)したものの、長崎観光の新鮮味が薄れていること、団体から個人・グループへと、また施設回遊型からまち歩き型へと、観光の形態が変わったにもかかわらず、その対応が遅れていることなどが大きな要因と分析しております。早く手を打たなければ、ますます観光客が減少するとの危機感を持っております。
長崎港口に架かる日本一の海面高(65m)の「女神大橋(12月11日供用開始)」、県立・市立博物館の所有展示物を集め県市合同事業で建設した「歴史文化博物館(11月3日開館)」、第2期復元工事が終わる「出島史跡(来年4月完成)」など、一定の大型のハード整備が整います。こうした整備が整った平成18年にあわせて、長崎に埋もれる400年の歴史と文化にもう一度スポットを当て、新しい長崎のイメージを形成し、滞在(滞留)時間を長くすることによる観光消費額の増加を目指し、引いては地域経済の振興を図ろうということです。
そのための仕掛けづくりとして、まずは市民がもう一度、長崎の素晴らしさに気付いてもらい、もてなしの心を発揮してもらうため、「さるく博」では市民がプロデューサーとして自ら企画し、市民がガイド役(さるくガイド)を務め案内するシステムを考案しております。結果として、人材育成にもつながるものと期待しております。
「さるく博」は市民総出で観光客の皆様をお迎えすることになります。"さるく"とは長崎の方言で"ぶらぶら歩き回る"という意味です。長崎のまちをぶらぶら歩いて味わっていただこうということです。一言で申しあげますと「大人の修学旅行」といった感じです。全国からのご参加をお待ちしております。(長崎市観光部長延田恵)


【女神大橋】
長崎港をまたぎ、長崎市西部と南部をつなぐ女神大橋(長さ1289メートル)が、平成17年12月11日に開通した。2本の主塔間の距離は480bで、塔から橋げたをケーブルでつり下げる斜張橋としては九州で最長、国内でも6番目の長さを誇る。海面から橋までの高さは65m。日没から午後11時までライトアップされ、長崎の新たな観光スポットとしても期待されている
【長崎歴史文化博物館】
昨年11月3日開館
投稿者 machizukuri : 更新日2006年02月06日 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月05日
第94号
人口1200人の村がゆずで30億
人口わずか1200人の高知県馬路村では、農協が、ゆずの搾汁をポン酢やジュースなどに加工し、年間30億円を売り上げている。その戦略は、美しい自然環境、ゆったりとした生活など、村のイメージを商品ラベルやポスターを通じて消費者に伝えることで、商品に対する信頼を獲得するというものだ。続きを読む
販売戦略を林業に生かす


馬路村農協が30億円を売り上げるとはいえ、村の財政は厳しい。「村が経済的に自立するためには、林業を活性化させるしかない」。馬路村では、消費者を常に意識した取り組みで成功したゆずの販売戦略を生かした林業活性化の新たなチャレンジが始まっている。
小規模自治体から学ぶことは?
1月14日・15日、福島県矢祭町で第6回小さくても輝く自治体フォーラムが開催された。島根大学の保母武彦副学長、北海道美瑛町の浜田哲町長、宮崎県綾町の前田町長の講演内容を紹介する。
ゴミ処理の改善で行政への満足度が上がる
インターネットを活用して市民の満足度を調査しているワード研究所によると、行政評価でもっとも大きなウェートを占めているのがゴミ処理だという。ゴミ処理の満足度を向上させる手法を公開。
全国、警察に対する市民満足度
ワード研究所の調査結果によると、市民から最も満足されている警察署は鳥取県倉吉市の倉吉警察署。ベスト50位とワースト50位を一挙公開。
地方大学の役割を問う
内閣府は、shinkenまちづくり新聞と第5回のまちづくり勉強会を開催し、高崎経済大学の大宮登教授を講師に「地域再生と地域大学の関わり」をテーマに学んだ。
ゆずの成功事例を生かす
「シャネル、ヴィトン、馬路村、と呼ばれるぐらい村がブランド化されたら本当の意味で自立ができる」――。 馬路村の上治堂司村長は、きれいな曲線を描いた木製のカバンを手にしながら、こう語る。地元の名木「魚梁瀬杉」の薄板を金型でお盆状に成型し、それをかばんの両側から挟みこむようにして作った村のオリジナル製品だ。 商品名はモナッカ。木をカバンやリュックに使う意外さと、高知出身のデザイナーによる美しい意匠は海外からも高い評価を受けている。昨年4月にはイタリアで開かれた家具展に出品し「日本を感じるデザイン」など大きな反響を呼んだ。 モナッカは、ゆずの販売戦略を取り入れた林業活性化の第一歩にあたる。これまで消費者に直接販売するという考えが不足していた林業関係者の意識改革をすることが目的だ。
ゆず成功の理由は販売戦略
馬路村は面積の96%が森林に覆われている。かつては村内に2つの営林署が存在し、林業が村の経済を支えていたが、国有林野事業の抜本的改革により営林署は閉鎖。落ち込んだ林業にかわって、村の経済を支えてきたのがゆずだった。「ゆずの成功がなかったら、村はおわっていたかもしれない」と上治村長は語る。 馬路村農協では昭和50年代からゆずの搾汁をポン酢やジュースに加工して販売。当初1億円足らずだった売り上げは、今では30億円にも達する。 その戦略は、商品を消費者に直接販売するということと、単なる商品ではなく、村のイメージを売るということだ。
村を売る
「商品ではなく、村を売る」―。わかりにくいようにも思えるが、村のポスターやDM用の封筒デザインを見ると、その意味が明確になる。 ランニングシャツと単パン姿の銛(もり)を手にした少年の写真を背景に「おにいちゃん帰ってくるいうたやいか」と手書き風の文字が大きく描かれている。商品のPRは左下のわずかな部分だけ。 DMを送る封筒には、村の運動会の絵が描かれている。季節に応じて、デザインを変え、同じ物を使いまわすことはほとんどない。 美しい自然環境に囲まれた村のイメージ、そして、ゆったりと、いきいきとした生活ぶりを伝えることで、商品に対する信頼を獲得しているのだ。 顧客のデータベースは40万人近くに達する。こうした顧客に、パンフレットや村の様子を伝える「ゆずの風新聞」を定期的に送付することで、村のファンを囲い込む。 その効果は商品の売り上げに反映されるだけにとどまらない。昨年秋に行われた、村の運動会には、高知市内から車で2時間という立地にも関わらず、全国から80人が集まった。観光客も増え、村のファンは確実に増え続けている。
収穫前にあいさつ文
馬路村のブランド戦略が花開くまでには、実に20年以上もの月日がかかっている。 昭和54年からゆず事業を育ててきた馬路村農協の東谷望史専務理事は「当時は林業に従事する兼業生産者が多く、手間ひまをかけてまで、いいゆずをつくろうという人はいなかった」と振り返る。 形が悪いゆずは青果としては出荷できず、搾汁用のゆずをいかに売るかが課題となった。 販路を拡大しようにも、ゆず栽培は西日本ならどこでもやっていることで、販売は当初から苦戦を強いられたという。 市場開拓のために取り組んだのがデパートなどで開かれる催事への参加だ。 大阪、東京など都市部を中心に、年間100日ほどを催事に費やす過酷なスケジュールが続いた。 催事に出るには経費もかかる。「1回で100万円売れたとしたら、残るのはせいぜい55?60万円。役員はやめろとも、続けろとも言わない。それでも動くしかなかった」と東谷専務は当時の状況を説明する。 「要はお客さんをどう集めるか。そのためには情報をいかに発信するか。この仕組みができていないと売れない」―。東谷氏が打ち出した戦略は、DMを活用した直販体制の確立だ。 催事で商品を買ってもらった顧客に、ゆずの収穫前や、搾汁の前に、あいさつ状を入れたDMを送る。わずか100通から始まったこの地道な取り組みは、馬路村ブランドを確立する上で欠かせない要素となった。 もうひとつの課題は商品開発。昭和54年に初めての商品「ゆず佃煮」を発売。その後、ゆずみそ、ゆずじゃむ、そして61年には最初のヒット商品であるゆずポン酢しょうゆ「ゆずの村」を発売した。 「いろいろ難しいことは考えない。自分の家の食卓で何を使うかからイメージを膨らませていく」と東谷専務は開発のポイントを語る。商品のメニューは、今では40種類以上になっている。 昭和63年、ポン酢しょうゆ「ゆずの村」が、東京で開催された「日本の101村展」で最優秀賞を受賞。 この受賞が村民に大きな自信をもたらした。 さらに、賞の名にちなんで101万円の賞金をもらい、これをもとに農協はコンピューターを導入して、独自の顧客管理システムを立ち上げる。 「それまで代金回収や顧客管理にエネルギーをつかっていたのが、商品開発やマーケティングに力を注げるようになった」と東谷専務。 ちょうど同じ時期、地元高知のデザイナーと出会い、「村を売る」戦略も具現化させていく。「村という響きが、いままでは田舎で恥ずかしいと感じていたが、東京に足を運ぶうちに、都会では村に対する価値観が高まり、村が売り物になっていることに気付いた」(東谷専務)。 90年には、現在、年間700万本という最大の販売量をほこるゆず入りハチミツ飲料「ごっくん馬路村」が101村展で農産部門賞を受賞。以来、売り上げは年間2億円ペースで伸びていく。 今年度は、ついに30億円の大台を突破する見通し。職員80人、生産者170人の農協は、林業衰退後の村で、唯一の稼ぎ頭にまで生長した。 昨年は、雇用を強化すべく、はじめて村外からも就職希望者を公募した。若者10人のうち、9人が村外からの就職だった。 広報を担当する菊池史香さんもその一人。「小さなこ頃から『ごっくん』を飲んでいて、村のことは知っていましたし、何より魅力があったからです」と就職の動機を話す。 東谷専務は「例え金銭的に都会より低くても、生活が豊かなら、どちらに暮らすだろうか」と経済中心の価値基準には疑問を投じる。が、「ただし、若い人が一度はこの村を離れ、戻ってきたとき、働ける場所がなかったら、地域は持続しない」とも言い切る。 農協では、現在、見学可能なゆずの製品工場を建設中だ。来年はゆずの森も整備し、全国から訪れる見学者の受け入れ態勢を整える。 「観光地でもないのに、ここを訪れてくれた人たちに、せめてゆっくりしてもらい、天気がよかったらゆずの森で昼寝でもしていってもらいたい」(東谷専務)。 馬路村農協の挑戦はさらに続く。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年02月05日 | コメント (0) | トラックバック
