2006年03月

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2006年03月25日

第99号

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観光客もU・Iターンも増える!地域ブランド戦略の作り方

  まちづくりのキーワードとして「地域ブランド」という言葉を耳にするようになった。地域ブランドの研究を行っている信州大学人文学部の中嶋聞多教授によると、この言葉が新聞紙面に登場するようになったのは1980年代初め。当初は単に「地域限定商品」という意味で使われていたが、やがて「(他の商品に対し)強い競争力を持った地場産品」という意味が加わり、今世紀に入ると「(他の地区との差別化で)地域それ自体をブランド化する」といった意味があらたにつけ加わったという。そして、地域のブランド価値が高まれば、観光客や特産品などの販売が増加し、最終的には地域の魅力が高まりU・Iターンも増えると中嶋教授は説明する。地域ブランドとは何か、そのために必要なものは?北斎と栗菓子、そして美しい町並みで知られるようになった長野県小布施町にスポットをあて、自治体間競争に勝ち残る地域ブランド戦略の立て方を探った。

町並み修景の立役者に聞く

 小布施町の観光人気を飛躍的に高めたのが町並み修景事業だ。老舗商店、個人宅、金融機関などの権利が入り組んだ約4850坪、1600uの敷地を、格子窓の商店、土蔵、そして中庭を望める屋敷門など、地域の歴史・文化を生かして創りかえた。高度経済成長時代における、昔の町並みを無視した再開発へのアンチテーゼ(反対的主張)として、このプロジェクトを考え出したのが栗菓子の老舗「小布施堂」の社長、市村次夫氏。小布施ブランドの生みの親ともいえる市村氏が強調するのは消費者の視点に立つということだ。

町の活性化に取り組むアメリカ人女性

 今や小布施を語る上で、欠かせない人物となっているのがセーラ・マリ・カミングスさんだ。長野冬季オリンピックのボランティアスタッフとして働くため93年に来日し、今は、小布施堂で働きながら老舗酒造の活性化や、町民参加の文化サロン「オブセッション」の主催など、数々の地域活性化に取り組んでいる。失われつつある地域固有の文化を今の時代に適した形で残したいというセーラ氏に、まちづくりの発想の原点と、理想とする地域の姿を聞いた。

PPP時代の幕開け 企業の挑戦2

 舞台技術の大手葛、立は、今年4月から首都圏など18の文化ホールで、指定管理者として施設の管理運営業務を開始する。鞄喧k共立や叶_奈川共立などグループ会社全体を含めると、指定管理者として選定された物件は30施設にのぼる。特殊機材の取り扱いなど、演出技術のノウハウがあることに加え、多くの劇団やイベントの主催者などとパイプを持っていることが評価されている。

スーパー行政マンが語る産学官連携の政策づくり

 内閣府は、shinkenまちづくり新聞と2月23日に、都内で第7回地域再生勉強会を開催した。今回のテーマは「産学官の連携による政策づくりと実践」。地域再生施策や行政改革などを進める小樽市・企画政策室の木村俊昭主幹が、観光、地場産業、教育を含めた市の取り組みを報告した。地域再生を担うスーパー行政マン≠フ政策づくりノウハウとは?


まちづくりの先進地、長野県小布施町が見つけた方程式

 北斎と栗菓子で有名な長野県小布施町は、年間の観光客が120万人にものぼる。かつてはこれといった観光資源もない町だったが、1970年代後半、北斎の肉質画を目玉にした北斎館を整備したことがきっかけとなり、北斎や、北斎を小布施に招いた幕末の豪商・高井鴻山の足跡、さらに古刹(こさつ)や古民家など歴史・文化を発掘したまちづくりによって、観光人気が高まっていった。
 特に1980年代に始まった町並み修景事業は、小布施の名前を全国へ広めた。個人、金融機関、行政の権利が入り組んだ1万6000uの敷地を、江戸時代を感じさせる格子窓の商店、土蔵、そして中庭が望める屋敷門など、歴史・文化を生かして造りかえたのだ。
 この事業の立役者である栗菓子の老舗・小布施堂の市村次夫社長は「個々の建物が珍しいとか、素材が優れているということはありませんでしたが、地形や敷地が変形していたり、傾斜していたり、これらをすべて取り入れれば古いものに価値が見出せるだろうと考えました」と振り返る。地域の歴史、文化、そして地形など自然条件を生かすことが地域の個性を引き出すことに気付いたのだ。
 小布施には、竹風堂、小布施堂、桜井甘精堂の老舗三家と呼ばれる栗菓子店がある。栗は室町時代から栽培されていると言われるほど歴史が古く、江戸時代には将軍家に納める上質な栗をつくってきた。小布施の栗菓子が有名になったのも、地元企業がこうしたまちづくりよりさらに早い段階から、歴史・文化に着目してきたからにほかならない。
観光の成功を農業へ
 まちづくりの成功は、多くの住民にとっても励みになりつつある。
 まだ寒さが残る3月半ばのある週末の夜、畑の一角に立つビニールハウスに10数人の男性が集まりはじめた。中では、持ち寄った材料でつくった男料理を囲み、熱い議論が展開されている。
 「今年はどれだけ作付けするんだ」「1万本つくって、1本100円で売る」――。
 農業の活性化を目指すグループ「いっぽいっぽの会」が開いている定例の集会だ。
 3年前に立ち上がったこのグループは、遊休農地の解消と、地域の特産品づくりに取り組んでいる。
 昨年はアメリカのスイートコーンと呼ばれる品種を取り寄せ遊休農地で栽培したところ、小布施の気候や土壌にぴったりと合い、通常の品種よりずっと甘いとうもろこしができあがった。茹(ゆ)でたてを道端で売ると、1本100円であっという間に完売。今年はさらに作付けを増やし、「小布施コーン」としてブランド化が図れないか検討している。
 グループの一人、久保敏郎さんは「これまで小布施は北斎と栗の町と言われてきましたが、自分たちのつくったものが消費者から『うまい』と言ってもらえば農産物のブランド化もできるはずです。そのためには市場や農協に出荷するだけでなく、地域で作れるいろんなものを直売したり、ガーデンレストランで食べてもらうなど、消費者と顔を合わせる関係を築いていくことが必要です」と語る。
 小布施町のまちづくり会社、ア・ラ小布施では、地域で昔から作られていた丸ナスの原種を復活させ、直営の宿泊施設の朝食メニューなどに活用している。「硬くて煮崩れがしない」「水っぽくない」「大きくて感激した」――、消費者からの評判はいい。
 ほかにも、農業の主婦でつくるグループが、田舎風景を楽しみながら散策するイベントを定期的に開催するなど、歴史や文化、気候風土を生かした活動が、住民主体で活発化している。ある住民は「自らも楽しみ、観光客にも楽しんでもらえるのが小布施流だ」とする。
 町の基幹産業である農業がブランド化できれば、地域の魅力が高まることは間違いない。

これが地域ブランド戦略だ!

 信州大学人文学部の中嶋聞多教授によると、『ブランド』という言葉が「地域自体をブランド化させる」意味で使われるようになったきっかけの1つは、青森県における先駆的な取り組みだという。青森県の職員がソニーマーケッティング鰍ヨ出向した際、企業をブランド化させる「コーポレート・ブランド」の考え方を学び、それを県の戦略に落とし込んだのだ。
 もっとも、青森県では知事の交代などで、その後、目立った動きにはならなかったが(最近はまたあらたな動きがある)、大手広告代理店などでは、これ以降、地域ブランド戦略の研究が本格化することになる。
 地域ブランド戦略が成功した場合、どのようなメリットが受けられるのか?
 中嶋教授は@訪れてみたくなるA特産品などその地域のブランド品を購入したくなるBその地域に住んでみたくなる――といった具合に、大きく「訪問」「購買」「居住」の3つの面で効果が出てくると説明する。なかでも居住意向の高まり、すなわちUIターンなどを増やすことが究極の目標という。
 その意味では、小布施町はすでに一定のブランド化に成功していると言える。
 年間120万人にものぼる観光客に加え、栗菓子など特産品は全国的に好調な売れ行きを誇り、さらに、ここ数年では、周辺町村が人口減少の一途をたどる中、町の人口は微増している。
 企画財政課によると「首都圏などから、定年退職後に小布施に住みたいという人は目につくようになってきた。それが人口の増えた要因とは言いきれないが、町並みなどに魅力を感じて転入する人が出てきているのは確か」(担当者)とする。
 中嶋教授は小布施町のブランド化については「栗と北斎という町に、修景事業が重なったことで、意識的に戦略をとらなくてもナチュラル(自然)な形でブランド力が構築されてきた」と分析する。その要因の一つは、栗菓子の成功の背景ともなった潜在的なマーケティング能力の高さ。もう一つは、町並みの修景について、その意図をよく理解しているデザインマイスター(建築家・宮本忠長氏)が、景観デザインを一貫させたことが大きいと見る。
 ただ、小布施に限らず、今後、世代交代が進む中で、地域全体がブランド・アイデンティティーを維持し、さらなる発展を目指していくためには「はっきりと地域ブランドを意識した戦略を打つことが必要だ」と中嶋教授は考えている。
市場の独占をねらえ
 地域ブランドの戦略の立て方は、自治体の規模によっても異なってくる。例えば、人口1万人以下の町村なら、いくつかのプロダクト(生産物)をブランド化すことで、結果として地域をブランド化することができるだろうし、数万人以上の市ともなれば、いくつかのプロダクトだけでそれを成し得るのは不可能で、地域アイデンティティの一貫性あるアピールが不可欠になってくる。
 そして、地域ブランドの戦略を立てるための最重要課題は、市場のニーズと、自分たちがつくりたいものを戦略的にマッチングさせることだと、中嶋教授は語る。
 「戦略的マッチング」というのは、あえて市場が求めているものを提供しなくてもいいということ。例えば、『とらやの羊かん』は、時代とともに甘さや味に微妙な変化をもたせてきても、「譲れぬ一線=基本レシピ」は守り抜いている。
 戦略策定の手順は、基本的には企業のブランド化戦略と同じ。まず、送り手(生産者や自治体)が何を提供したいのかを明確にし、受け手(消費者)から見たブランドのイメージを調査・検証した上で、送り手にフィードバックするといった作業が必要になる。さらに、ブランドを確立した後、それを維持していくための体制まで整えなくてはならない。
 ポイントは、市場の中でカテゴリーを独占できるかということ。
 中嶋教授が挙げる例の一つに、アサヒビールの戦略がある。「ビールという市場ではキリンがトップで、アサヒは追随者に甘んじるしかなかった。そこでスーパードライという商品を開発することで、ビール市場に『ドライ・辛口』という新たなカテゴリーをつくり、市場の独占を図った」というのだ。
 世界に販路を求めるのも有効だとする。日本市場では有名になれなくても、世界市場でブランド化をはかることも不可能ではない。対象とする市場の範囲と流通戦略を明確にさだめることが求められるという。
 戦略的な地域ブランドの動きは全国でもまだ始まったばかり。今後、自治体間競争が活発になる中で、地域活性化の有効な手段となることは間違いない。

投稿者 machizukuri : 更新日2006年03月25日 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月15日

第98号

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町のあちこちで住民が起業

 「住民主導のまちづくり」――。最近では、どこの自治体でも口をそろえてこう唱えるが、企業誘致や公共事業など、長い間、外部経済に依存してきた体質から脱却するのはそう簡単ではない。京都府美山町では、行政と住民が地域資源を生かして30年近くにわたり地域の活性化に取り組んできた結果、住民主体のまちづくり会社が町内各地に生まれ、合併後も住民主導でまちづくりが行われているめずらしい事例だ。
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シリーズPPP時代の幕開け〜企業の挑戦〜

 国や地方の財政状況が厳しさを増す中、指定管理者制度や市場化テスト、PFIなど、新しい地域経営の手法として「PPP=公共サービスの開放」に注目が集まっている。指定管理者制度は、今年4月から多くの公共施設で指定管理者による管理運営が一斉にスタートするため、今年はまさに「元年」という位置付けになる。今国会に法案が提出されている市場化テストは、官民の競争入札、あるいは民間の競争入札によって、公共サービスの改革(質の維持向上、および経費の削減)を推進しようというもの。国会が終わる6月までの法案決定を目指していて、こちらも、数年のうちに本格的に導入されることは間違いない。そして、すでに全国各地で活用されているPFIは、大企業ではなく地元中小企業が参画できるコミュニティPFIや、ファンドの活用により市民を巻き込む新しい姿が模索されはじめている。PPP時代は今、まさに幕開けの時を迎えている。
 民間企業は、どのような創意・工夫で新たな住民サービスを生み出し、行政コストの削減・効率化を図るのか。今号からシリーズで、企業が見るPPPの市場を紹介する。

市民オペラで勝負!ビルメンテから文化ホール運営へ

 ビルメンテナンスなど施設管理を主に手がける潟Pイミックス(東京都中央区)は、今年4月から千葉県木更津市の木更津市民会館、埼玉県久喜市の久喜総合文化会館、千葉県の南総文化ホールで指定管理者として施設の管理運営を行う(南総文化ホールは優先交渉権を獲得した段階)。
スポーツ施設や遊園地など民間で当たり前のように運営されている施設とは違い、文化ホール(会館)は民間企業によるビジネス展開が難しいと言われている。が、同社では、市民が自分たちで企画運営する「市民オペラ」を立ち上げたり、地元アーティストによる個性ある催しを数多く企画することで施設の利用者率を高め、新たな市場でのシェア拡大を目指す。

「免震技術」徹底検証!

 地震対策としてテレビなどでしばしば話題に上るのが「家具の転倒防止」。寝ているとこ
ろを地震に襲われ、落ちてきた家具の下敷きになり圧迫死するという痛ましい事故が近年
の大地震で繰り返されている。
 しかし、「免震構造」なら家具の倒壊はおろか、棚の食器の落下も防いでくれる。首相官
邸や国土交通省など国の主要施設は多くが免震構造化されているが、地方公共団体の公営
住宅などにはほとんど採用されていないようだ。「免震構造は特殊で高価なもの」という認
識が一般的だが、果たしてそうなのか。

赤字膨らむ路線バスやめ、乗り合いタクシー

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 日本では高速道路や空港、新幹線や長大架橋といった高速交通網の整備に膨大な税金が投じられる。その大義名分が『国土の均衡ある発展』である。
 だが、その一方で、こうした政策をあざ笑うかのような現象が全国各地で生まれている。高速交通網の整備により、遠距離間の移動は飛躍的に便利になったものの、地域内の近距離移動に苦しむ人が増えているのである。高齢者や障害者といった自前の移動手段を持たない人たちだ。彼らの足となっていた路線バスや地方鉄道の廃止が相次いでいる。赤字による撤退である。国や都道府県からの補助金が削減され、路線撤退を表明する事例が広がっている。
 そんな中、宮城県石巻市の稲井地区では、民間のバス路線が廃止されたことから、住民が出資し、乗り合いタクシーを運行している。料金は路線バスとほぼ同じに設定されるが、便数は2倍近く増え、さらに乗降フリーで利便性が高まっている。利用状況はバス時代を大きく上回っている。車両の小型化で燃料費も安い。

観光客70万人、年商1億円を超えるコミュニティービジネスも

 京都府旧美山町(現南丹市)では、農協の広域合併に伴い閉鎖された町内4地区の農協店舗を活用して、住民が出資し合って有限会社を立ち上げ、日用品を販売したり地場の特産品を観光客に販売するなどコミュニティビジネスを展開している。売り上げは多いところで年間1億円を超える。さらに、コミュニティビジネスを通じて、「自分たちの地域は自分たちで守る」気運が高まり、景観保全や農業振興、子供たちへの文化教育など、幅広い分野で住民主体の活動が行われるようになった。
(本文)
 今年1月から周辺3町村とともに合併して南丹市となった旧美山町は、町の97%を森林が占める。町の中央部には芦生原生林を水源とする清流「由良川」が流れ、さらに、日本一多く残存すると言われる「かやぶき民家」が日本の原風景を感じさせる。
 京都市からは車で約1時間半。全国の中山間地と同様、過疎化による高齢化の加速、基幹産業であった林業・農業の衰退・低迷など、町を取り巻く環境は厳しい。それでも、早くから行政と住民が一体となってまちづくりに取り組んできたことで、町には明るさが見え始めている。
 昭和50年代には10万人程度だった観光客は、国の重要伝統的建造物保存地区にも選定されたかやぶき集落のPRや、グリーンツーリズムの展開、自然体験型の宿泊客の積極的な受け入れなど、地域資源を生かした取り組みにより、右肩上がりで伸びてきた。ここ数年では、野菜の直売や特産品の販売など、住民のコミュニティビジネスが話題となり、平成15年度の観光客数は15年前の7倍近い71万6300人に達している。
 自然や景観の美しさにひかれ、移り住んでくる人も少なくない。町によると、本格的なまちづくりを始めた昭和60年以降、500人を超える転入者があったという。

投稿者 machizukuri : 更新日2006年03月15日 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月05日

第97号

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合併後、日本一大きな市が、日本一「小さな政府」を目指す

 合併後、日本一大きな市となった岐阜県高山市は、日本一「小さな政府」への挑戦を続けている。職員数を5年間で400人削減する目標を掲げ行革を促進する。同時に地域住民との協働のまちづくりも目指す。旧市町村エリアごとに特別予算を配分し、住民の自立を促す。
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全国初!PFI方式の刑務所 経済効果7億4000万円

 人口の減少期に突入した日本社会にありながら、人員増に頭を痛めているのが、全国各地に散らばる刑務所である。塀の中はいずこも、ギュウギュウのすし詰め状態となっている。高い塀の中では、受刑者と刑務官の双方が異常な過密状態にあり、爆発寸前となっている。
 しかも、困ったことに需要の減少が皆目見込めず「千客万来」状態の継続は不可避。いかにして、塀の中の過密度を低減させるか。それも、財政負担を急増させずにだ。新しい刑務所の建設、運営こそが、法務省にとっての最重要課題となっている。
 その解決策のひとつとして浮上したのが、民間委託を活用するPFI方式の刑務所だ。安く、早く開設し、なおかつ、地域との共生を図る新しいタイプの刑務所である。

岐阜県関市で新たなまちづくり

 刃物のまちとして著名な岐阜県関市の商工会議所は、地盤沈下の続く中心商店街の活性化を課題に挙げ、新たなまちづくりを模索している。郷土の歴史に詳しい市民からは「関市は東西文化の結節点で、いまだに両文化のストックが残っている。歴史的遺産を生かすには、例えば東西の食文化を競い合うようなイベントを仕掛け、まず地元市民に知ってもらう。まず、そこからまちづくりを始めてはどうか」といった提案が出ている。

5年間で職員400人削減

 合併後、日本一大きな市となった岐阜県高山市は、日本一「小さな政府」への挑戦を続けている。職員数を5年間で400人削減する目標を掲げ行革を促進する。同時に地域住民との協働のまちづくりも目指す。旧市町村エリアごとに特別予算を配分し、住民の自立を促す。
 旧10市町村単位の住民は自らの創意工夫で行うまちづくりに、計10億円(変動あり)を、10年間活用できる。既に住民主体の組織が発足し活動を開始しているという。合併のメリットも最大限生かそうとしている。単体で実施していた観光を広域観光とすることで相乗効果を狙い、飛騨高山ブランドを強化する。合併後、日本最大の面積を抱えることとなった自治体の、まちづくり戦略とはどんなものか?高山市にスポットをあてる。

広域観光で飛騨高山ブランドを強化

 17年2月に9町村を編入し合併した新高山市は全国一の面積を抱える市となった。高山市の合併は、規模拡大と行政体の縮小、そして住民主体によるまちづくりの促進、さらには広域化による地域ブランドの強化が特徴だ。
 まずは規模を拡大しながらも行革により「小さな政府」への挑戦を続ける。合併で1250人に膨らんだ職員を、5年間で400人削減する。17年度105億円かかっていた人件費を、平成21年度は70億円にまで圧縮する。コストダウンできた予算は福祉施策などへ回す計画だ。
 旧高山市は昭和60年から行財政改革を全国の中でも比較的早く進め、その結果、合併前の財政力指数は0・7台と全国都市部で平均以上の数値を維持してきた。こうした行革の遺伝子が合併により加速したと見ることもできる。
 編入条件の合併だったが、地域審議会・総合支所の設置や、地域振興特別予算の創設などにより、旧町村への対応も怠らない。中でも特別予算は、高山市が独自に構築した制度。「合併算定替え」(合併新市町村に対する支援策)と、同規模市への交付税との差額の2分の1を旧市町村単位に配分するものだ。10市町村単位の地域住民は、10億円(変動する)という金額を、10年間、自由に活用できる。エリア単位の伝統文化行事などソフト事業にあてることができる。ただ10年間という期間限定で、地域住民の自立が条件となる。
 市地域振興担当の京極慶哉理事は「早期一体化が合併後の目指すテーマ。特別予算も住民の自立を支援するものだ。旧町村単位の行政は手厚すぎた。合併後、自分たちのエリアは自らが動いて守っていただく。幸い旧町村単位で住民主体のまちづくり組織などが発足し活動を開始している」と説明する。
 同市が合併後のまちづくりで1番目指すのが「飛騨高山」ブランドの強化だ。旧市町村単位で実施してきた観光の連携を図り、相乗効果を狙う。合併によるメリットを最大限生かし経済波及効果を高めていく意向だ。
詳しくは紙面で

投稿者 machizukuri : 更新日2006年03月05日 | コメント (0) | トラックバック