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2006年04月25日
伊藤滋(早稲田大学教授)
小...
小泉政権の目玉事業の1つ「都市再生」。学識経験者などで構成する都市再生戦略チーム座長で早稲田大学教授の伊藤滋氏に地方の都市再生・活性化について聞いた。

地方の2番目の都市を再生せよ!
地方都市再生の現状を、どう見る?
人口10万前後の、各県における2番目の都市が課題だと思っている。3全総(第3次全国総合開発計画、昭和52年閣議決定)時代から議論の対象となっていた。県庁所在都市は、国との直結度が高く、質の高い行政官がおり、道路・多目的ホール・運動公園などが公共事業により整備されている。それに比べ2番目の都市は、ぱっとしない。しかし歴史・文化性は高い。江戸時代の由緒ある領主がいた場所が多いからだ。例えば、青森県の弘前市、秋田県の大館市、山形県の鶴岡・米沢市、新潟県の長岡市など。「県庁所在」と別のてこ入れがあっていい、という意見があった。第5次(全国総合開発計画、平成10年閣議決定)で目標とした文化的雰囲気の構築につながった。美術館・公園など、歴史・文化といったソフト領域を十分考えたハード施設を整備する政策として展開されている。21世紀の新しい都市の生き様を暗示するものとなった。
昭和の終わりから平成にかけ、郊外に戸建て住宅が、いっぱいできた。価格が安いため取得しやすく、その住宅に、自動車に象徴される20世紀の文明装置や、小さいけれどお花畑、そうしたものを詰め込むことが、市民の理想像だった。その後、流通革命が起き、ショッピングセンター(SC)が郊外に立地され、大きな波となって「県庁所在」・「10万都市」の別なく押し寄せた。「県庁所在」は人口・都市集積が大きいため、商業活力が維持できる。「10万都市」は、そうはいかない。(3万人〜5万人の)周辺都市も巻き込まれながら商業機能が奪われていった。
郊外に戸建て住宅の集積ができると、居住人口に偏りが発生した。かつて旧市街地・郊外の比率は5対5だったものが、ひどい場合は2対8といった地域も出てきた。
昭和から平成にかけて
問題は政治的シフトが起きたこと。市長選挙は、旧市街地より郊外票が多くなった。かつて5対5だったが、いまは2対8。そうなると市長は掛け声だけ既成市街地・シャッター街の再生と言うが、具体的な政治的展開は郊外選挙民を意識せざるを得ない。世の実態を知らない文化人たちは中心市街地が大切だと言うが、政治の世界は、そうならなくなった。昔から保守系に影響力のある農村集落票に、郊外票という新たな票が加わり、全国の市長さんの行動を決めるようになった。
まちづくり3法見直しで国はコンパクトシティーを目指しているが逆の実態がある
国は市長さんの選挙とは関係ない。環境・文化・地場産業が大切で郊外化はおかしい、というのは世界的傾向。国は、あるべき姿をスローガンとして提示した。
しかし国の考えに市長さんが乗れるか。限られた市財政を既成市街地に半分でもいいから投入する必然性があるか。投票する人間は郊外に8割もいる、だから財政の8割は郊外に費やすべきだと。
NPOへの寄付制度で活性化を
地方の都市再生を、どうすればいいのか?
絶対という答えはない。ステレオタイプの回答が出にくい。地域の都市再生の方策は千差万別となる。答えは1つではない。中心市街地再生をあきらめる都市があるかと思えば、中心市街地のため財政を傾けよう、という都市が出てくる。
対策として絶対的なものはない?
ない。逆に、答えが多様なほど日本は良くなると思う。日本は同じ方向へ進むことが大好きだが、多様な「解」が多いほど幸せな時代となったのではないか。
ところで郊外SCが悪者にされるが、本当に悪者なのか。例えば、地域住民のイオンなどSCに対する評価は、必ずしも悪いわけではない。地方の大学生は、中心商店街はつまらない、SCは若者感覚に合うと言う。空調がしっかりしているため、お年寄りにとっても居心地が良い。中年の婦人は、郊外SCの平面駐車場に比べ、都心の立体駐車場の使い勝手は悪い、という。徹底的に聞くと実は郊外店が良いという声が多い。SCに対抗できる中心商店街をつくることは容易ではないのだ。
多様な形が想定できるとすれば、国(都市再生本部)は、どんな政策をとるのか?
まず都市再生本部はまちづくり3法見直し(テーマは「コンパクトシティー」)に直接関与していない。現在は、まちづくりの担い手となるNPO支援を考えている。15年度から始めた「全国都市再生モデル調査」事業(全国の先進的な都市再生活動を支援)の中で、NPO主体のケースが増えてきている。地方のNPOが行動している分野が、いかに幅広いか、都市づくりを考えている役人の考えがどんなに狭かったか、国は勉強した。そこで市役所とパートナーシップを組んでもらい、まちを変えてもらおうと。変え方はいろいろある。郊外を良くする、中心市街地を再生する、歩きやすいまちづくり、福祉に良いまちづくりなど。環境問題をクリアできれば、自動車の活用を考えるNPOがあってもいい。市役所・NPOの連携が運動体となれば、その都市にある問題を解決し得る。
「10万都市」は公(パブリック)が支援しないと再生は難しい。決定打はなく漢方薬のような施策となる。
一般論として、NPOのマネジメントが、うまくいっていない、との指摘があるが?
市民がNPOに寄付をする習慣をつくりたい。そのため課税対象から寄付額を控除する制度を導入している(※)。好きでも嫌いでも税金は市役所に強制的にとられるが、NPOに対しては好きなところだけに寄付をすればいい。もともと日本では(鎮守の森などの)お祭りへの寄進や、町内会に対するものなどがあったのだ。資金を得たNPOは多彩なまちづくりを展開できる。
都市再生本部などが展開しつつある、地方大学・自治体の連携による地域活性化策は、どんなものか?
25年くらい前にスウェーデンの第3の都市マルモを訪れた時のイメージがあった。それを国へ提言した。産業都市だったマルモは、そのときあらゆる産業が疲弊し、その対策として、お年寄りを中心市街地に呼び込む政策を展開していた。背景には福祉政策として国が、高齢者への補助制度を導入していたのだ。中心市街地のアパートに高齢者が住むと、そこの1階に、しゃれたパン屋・肉屋・牛乳屋・花屋などが店を構える。アルバイトをしている大学の若い女の子・男の子から影響を受けた、お年寄りが買い物を始める、という好循環が生まれた。マルモで見たお年寄り・大学生の結びつきによる活性化が原型だ。
最後に、少子高齢化・成熟化社会における今後の日本のグランドデザインは、どうあるべきか?
日本を大きく引っ張っていくのは東京。「県庁所在」は地域経済では中枢に位置され、別グループとなる。個人的思いとすれば「10万都市」を大切にしたい。歴史があり、自然に近く、人間関係に濃密なものがある。砂漠のような大都会の関係ではない。まちづくりの結果、ある都市は中心市街地が花で埋め尽くされる、ある都市は郊外で生き生きと生活できる、ある都市はお年寄り・大学生が密接に生きれる、といった多様な姿が生まれる。そうなれば日本は、おもしろくなる。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年04月25日 | コメント (0)
第102号
Report 4万人しか訪れなかった街が200万人を迎い入れる街に
全国一著名なまちづくり長浜市
日本一著名なまちづくり、滋賀県長浜市の『黒壁』。あまりに有名なためか、そのまちづくりの分析は様々な角度から行われ、見解が多岐に分かれる。「本物志向の観光資源の開発と歴史資源活用による中心市街地活性化」「地域企業と住民が主導する中小都市市街地の再生」「町衆がすすめるまちづくり」などなど。
同まちづくりの仕掛け人で、まちづくり会社創業の立役者である笹原司朗氏(65)は、異なる考え方を述べる。いわく「ガラス文化を追求してきた結果がまちを再生した」と。笹原氏は「古い町並みを再生しただけでは『死に化粧』にすぎない。生き返らせるためには追求できる文化をまちに埋め込まなければだめだ」と主張する。その結果、4万人しか訪れなかった場所が、10数年後に、年間200万人を迎え入れる商店街としてよみがえった。
まちづくり3法見直しのポイント
「まちづくり3法見直し」が進められているが、国は「(見直しの中で)コンパクトシティーの精神を示した。これを生かして、まちづくりビジネスを創出し、地域活性化につなげるかどうかは、地方の裁量に委ねられている」。投げたボールを、どう受け取るかが、次の課題だ。
まち3法見直しはアクセル(改正中心市街地活性化法に基づく活性化)とブレーキ(改正都市計画法に基づく郊外立地規制)にたとえられる。法施行後、国は基本方針を示し、同時に内閣官房に中心市街地活性化本部(事務局は内閣府に置く予定)を設ける。地方がまとめた基本計画を受け付け、認定を経て、アクセル・ブレーキ施策の展開により全国にモデルを構築していく。主なポイントをまとめた。
インタビュー 伊藤滋・早稲田大教授に地方の都市再生を聞く
地方の2番目の都市を再生せよ
小泉政権の目玉事業の1つ「都市再生」。学生経験者などで構成する都市再生戦略チーム座長で早稲田大学教授の伊藤滋氏に地方の都市再生・活性化についてインタビューした。
シリーズ
環境先進国ドイツの省エネへの挑戦@
家電や人間が発する熱を利用
ドイツ南部の都市、ウルム市(人口11万人)のアレキサンダー・ベーチッヒ副市長を訪問した。「政治とは、今起きている問題だけではなく、未来を勝ち抜くために、将来起こりうるだろうことを常に考えて対応をすることだ。我々はエネルギー政策をその第一歩と位置付けている」。ベーチッヒ副市長は、市のビジョンとしてエネルギー問題に力を入れていることを強調する。
ドイツは16の州から成る連邦国家。環境政策の多くは国ベースで作られている。が、実際には州や市の方針によって環境への取り組みには差がある。ベーチッヒ副市長は「国の環境政策は、その時々の政党によって性質が違ってくるが、ウルムは市独自に15年間もエネルギーへの対策を考え続けている」と説明する。省エネの取り組み、エネルギーの効率的な活用、太陽光や風力など再生可能エネルギーの積極的な利用―などだ。
NEWS 総務省 ITコストの実態公表
総務省と地方自治情報センターが昨年12月に発表した「市町村の業務システムの導入と運用の経費調査」で、自治体間でコストに大きな差があることが明らかになった。財政難に苦しむ地方自治体にとって、電子自治体が進む一方でITコストのあり方が改めて問われている。
売る・作る・見せるをバランスよく実施
所有と利用を分離、黒壁衆が新たな担い手に
長浜市中心商店街をよみがえらせた第3セクター轄封ヌの2代目社長で、同まちづくりの事実上の仕掛け人であった笹原司朗氏(琵琶倉庫且ミ長、65歳)は「ガラス文化の追求」さえ忘れなければ、「来訪者が10%減っても、1億円程度の赤字が発生しても問題ない」と主張する。
同社の小売販売を主とした年商は平成10年度の8億7700万円をピークに下降線をたどっている(グラフ1)。平成11年度からは4期続けて赤字決算、17年度も再び赤字になる見込みだ。同社担当は赤字理由を「県外への出店・新規事業投資など」と解説する。
一方、来訪者は平成15年度まで増加を続けたものの、16年度・17年度とダウンした(グラフ2)。
ただスタート時点の9万人(平成元年度の年間推定来訪者)からの推移を見れば黒壁のまちづくりが、いかに成功した事例かがわかる。
笹原氏は「ガラス文化の追求」が戦略だとすると、時代に適応した戦術がある、と述べる。その戦術とは「売る・作る・見せる」をバランス良く実施することだという。笹原氏は「売ることばかりを考えたら文化事業ではない。しかし売らないと経済行為にならず事業が継続できない。投資部分であるオリジナル商品を作る事、世界から集めたガラスを美術館で見せる事、これと売る事をバランス良く実施することがポイントだ」と説明する。
さらに笹原氏は「みやげ物屋は排除した」ともいう。文化情報発信をしているまちづくりのなかで、タレントショップのような功利追求だけを目的とした商品の販売は許さなかった。
こうしたまちづくりは情報発信され全国から研究者などを集め、その中の1人徳島大学の矢部拓也助教授は「長浜のまちづくりの特徴は、従来からのまちの担い手である商店主とは異なる地元企業人が、土地・建物の所有者と利用者(不動産経営者)を分離し、新たな担い手(轄封ヌなど)となり、店舗展開を図ったことが成功につながた」と分析をしている。矢部助教授は地域文化のスポンサーである『町衆』(既存商店主)とは違う新たな担い手を、『黒壁衆』(改革派の文化創出者・スポンサー)と呼び、彼らの行動、仕掛けたまちづくりが中心商店街を再生させた、と見ている。
※長浜市中心商店街=市が規定する中心市街地はJR長浜駅を核として西の湖岸道路と東の旧国道8号線に囲まれた125ha。ここに8街区・450店舗で構成される中心商店街がある。この中でも北国街道・大手門通り・祝町通り沿いの店舗が黒壁関連。
歴史・文化・国際性がコンセプト
長浜市中心商店街は、昭和40年代からの郊外店立地により、停滞を始める。
昭和63年、郊外にショッピングセンター「長浜楽市」ができる。
当時について笹原氏は「西友の堤清二さんが新しいまちを(郊外に)つくろうと呼び掛け、商店街で元気の良かった50店舗ぐらいを引き抜いてしまった。同時に中心部でカトリック教会が所有していた黒壁(元銀行所有)を売りに出した。青年会議所時代から中心商店街が腐るとまちはつぶれる、といってきた。第3セクター会社をつくり、建物の保存と商店街活性化を同時にやろうと考えた」と振り返る。
3セク会社に対し当初は、市が1億円ぐらい出資をしてくれると考えていたが、結果的に4000万円にとどまった。黒壁を所有するには9000万円が必要。しかたがなく笹原氏は、経営者仲間に呼び掛け、自らも含めた8社から9000万円を集め、1億3000万円の資本金で轄封ヌを立ち上げた(昭和63年4月)。衰退の一途をたどっていた既存商店街のオーナーからの出資はなかった。株式会社の資本金ウエートが、民間の方が市より高かったことは、後の民間主導のまちづくりの方向性を定めることとなる。
3セクを設立したが実は何をやるかがまったく決まっていなかった、と笹原氏。ただ事業に必要なコンセプトは「歴史・文化・国際性」の3つだ、という考え方だけはあった。
そうこうするうちに初代社長となった長谷定雄氏(樺キ谷ビル会長)が「ガラスでもやるか」と、突拍子もないことを言い出した。メンバーは、まずは研究から始めようと、昭和63年11月末から約1カ月間、ヨーロッパを視察した。その結果、文化の深さにカルチャーショックを受けた一行は、ガラス文化事業の立ち上げを決意することとなる。
黒壁所有に、必要な資金を活用してしまったため、残った4000万円と、中小企業金融公庫から1億5000万円を借り、合わせて1億9000万円で施設を再生した。875uの敷地に3棟。社名の由来となる黒壁施設(外壁が黒漆喰、木造土蔵造り2階建て)はガラス館に改修し、そのほかガラス工房・フランス料理店もオープンさせた。
「この段階においても、うまくいくとはまったく思っていなかった」(笹原氏)。ところがオープンした平成元年7月1カ月で2万人もが訪れ、そのペースがとどまることを知らなかった。
平成元年11月末の段階で長谷社長と笹原氏(当時・専務取締役)はまちづくりエリアを広げようと決意する。北国街道沿いに120軒の古い民家が存在するデータが市役所にあることを知った笹原氏は、同街道をガラス街道にしようと発案、役員からの反対を受けたものの社長の承認を得て、2期工事につなげていく。こうして黒壁グループ店舗は現在、31店舗を数えるに至った。
店舗の内訳は、直営11店、グループ20店。黒壁の快進撃は既存店にも波及し、同社31店も含め約100店舗がリニューアルなどを行い、長浜市の中心商店街活性化の原動力となった。黒壁関連の店舗はむろんのこと、市中心商店街にある多くの店舗は笹原氏の「おみやげ物屋は排除する。文化を追求する」という考え方に共鳴し、独自の商品展開に挑んでいる。
黒壁は平成8年に新長浜計画鰍ニいう不動産会社を立ち上げ、空き店舗対策などをシフト、現在はガラス事業に徹しつつある。9億6000万円に資本金を増資した黒壁は、次の展開を模索している。
徳島大の矢部助教授は「平成8年に開催された『北近江秀吉博覧会』で全国的に名を知られるようになった。イベントには多くの人々がかかわり、ここから非営利組織の『まちづくり役場』ができた。黒壁が兼務していた視察受け入れ業務や、各種団体の事務局機能などを『役場』が担当する形に。さまざまな人が出会う交流の場でもあり、新たなまちづくりの可能性を秘めている」と指摘する。
笹原氏は体調を崩し平成14年で社長を退任する。しかし笹原氏の精神は、今も長浜のまちづくりの支柱となって生き続けているように見える。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年04月25日 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月15日
第101号
Report
世界が注目する環境先進国ドイツの政策
温室効果ガス削減
環境先進国として注目されているドイツ。京都議定書では、日本よりもはるかに高い21%の温室効果ガスの削減目標を掲げ、2003年時点までにすでに18・5%を削減させた。一方、日本は2004年時点で基準年に比べ7・4%も排出量が増加している。温室効果ガスの削減がこれほど進んでいる理由は何か?1つは東西ドイツの統合という特殊事情がある。旧東ドイツが効率の悪い設備を使用していたことや、経済がいまだ低迷状況にあることだ。オイルショック後、石油から安い天然ガスへと転換を進めたことも挙げられる。しかし、これらの要因を除いたとしても、風力や太陽光、バイオマスなど再生可能エネルギーの積極的な活用や、外断熱などの技術による建物の省エネ化、リサイクルの徹底など、環境先進国として注目すべき点は多い。
ビジネス戦略
ドイツの環境政策が成功している要因の一つに、ビジネス戦略との連携がある。例えば、ドイツ政府は2000年に再生可能エネルギー法を施行。電力事業者に対し、再生可能エネルギーを一定価格ですべて買い上げることを義務付けた。2002年の省エネルギー政令では、新築住宅はすべて「低エネルギーハウス」とすることを義務付けた。低エネルギーハウスとは、エネルギーの消費量が最低でも年間1uあたり70kWh以下の基準をクリアした住宅のこと。(日本の省エネ基準は北海道で108kWh/u※)。こうした政策を受け、産業界は風力発電や太陽光発電システム、さらには省エネ技術などを普及させている。
日本とドイツの再生可能エネルギーを比較
日本とドイツの再生可能エネルギーの利用状況を比較すると、太陽光発電は日本が世界トップで2位のドイツを大きく引き離す。しかし、風力発電ではドイツが世界トップで日本は8位。バイオマスは、発電規模でドイツが1000MWに対して日本が845MWでほぼ肩を並べる。ただ、全電力に占める再生可能エネルギーの割合は日本は1%以下で、ドイツは10%と大きく差が開く。
ここにスポット!
公共工事品確法
国土交通省と総務省、財務省はこのほど、公共工事発注者の入札契約適正化法・公共工事品確法への取り組みについて、昨年10月1日現在の状況をまとめた。入契法で定めた義務事項への対応は着実に進んでいるものの、品確法の中心となる総合評価方式の実施については、依然として一部の自治体にとどまっている。
ホームレス支援で地域再生
日本3大ドヤ(安宿)街の1つ横浜市寿町。300uにも満たない小さなエリアの地域再生が若者たちの手により進められている。ホームレス支援、外国人向けのホステル(旅の宿)紹介などを通じてだ。内閣府が、Shinkenまちづくり新聞と都内で開催している地域再生まちづくり勉強会(※)の第7回目は、寿町で再生事業を手掛けるファニービー梶i横浜市)社長の谷津倉智子さんと、同社取締役の岡部友彦氏(建築家)から、それぞれ話を聞いた。
インタビュー
(財)日本消防協会 秋本敏文理事長
少子高齢化や過疎化などにより、地域の安全を支えてきた消防団員の数が減少している。一方で、社会経済情勢の発展に伴い、災害は大規模・複雑化し、地域に密着して市民の生命や財産を守る消防団員に対するニーズは高まっている。火災時の消火活動はもとより、行方不明者の捜索、水害や震災時の救助活動、さらにはコミュニティーの中核を担う彼らの活躍が疲弊した地域を再生する上で大きなテーマだ。消防団活性化の方策を聞いた。
NEWS
市場化テスト今年夏頃の施行
ソフト事業も含めた公共サービス全般の民間開放を可能にする「市場化テスト」は今年夏頃の法施行、19年4月からの事業開始を目指す。民間・地方公共団体からの要望も受け付け、民間開放の前提となる「特例化」手続きも実施していく。同制度により徴税業務なども対象になり得るという。今後の流れは?
世界が注目する政策
1997年に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議では、2008年〜12年における温室効果ガス排出量を締約国全体で1990年比、少なくとも5%削減することが盛り込まれた。
ドイツの掲げた目標は21%。日本が6%、カナダが6%、EU全体で8%削減、という数字と比べれば、いかにこれが高い数値であることがわかる。しかも、ドイツでは国家目標として2005年までに京都議定書の約束値よりさらに高い25%の削減を目指している。2003年時点では、すでに目標値の18・5%削減を達成した。一方、日本は2004年時点で基準年に比べ7・4%排出量が増加している。
温室効果ガスの削減がこれほど進んでいる理由は何か?
1つは東西ドイツの統合という特殊事情がある。旧東ドイツが効率の悪い設備を使用していたことや、経済がいまだ低迷状況にあることだ。オイルショック後、石油から安い天然ガスへと転換を進めたことも挙げられる(天然ガスの二酸化炭素排出量は石油に比べ少ない)。
しかし、これらの要因を除いたとしても、風力や太陽光、バイオマスなど再生可能エネルギーの積極的な活用や、外断熱などの技術による建物の省エネ化、さらにはリサイクルの徹底など、環境先進国として注目すべき点は多い。
続きは紙面で
投稿者 machizukuri : 更新日2006年04月15日 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月05日
第100号
Report
来訪者ゼロだったシャッター通り商店街に25万人!
会津若松のまちづくり
10年前に2日間で来街者ゼロだったシャッター通り商店街を、地元商店出身の男が3人で活性化組織を立ち上げ、10年後に年間25万人が訪れる人気スポットに変えてしまった。少子高齢化の流れの中、交流人口に目をつけ、空き店舗を1つ1つ修景事業により再生、年々来街者を増やしてきた。仕掛け人の渋川恵男さんは「国は、まちづくり3法見直しを、ブレーキ(郊外立地規制)とアクセル(中心市街地活性化)にたとえ説明する。しかし郊外を規制しただけでは、消費者が戻り、そこで満足するはずがない。中心市街地がおもしろい、と思ってもらえる仕組みが必要になる。七日町通りは10年前から民間ベースで、アクセルを踏み続け、実績をつくってきた」と胸を張る。福島県会津若松市から、中心市街地活性化の秘訣を探る
福島県の条例
国のまちづくり3法の先鞭をつけ、17年10月に「商業まちづくり条例」を制定した福島県。条例では売り場面積6000u以上の大型店の郊外への出店を規制し、コンパクトなまちづくりへの誘導を国より一足早く推進している。県担当者は「国の法制定後の運用を見ながら整合性を図りたい」としているが、「方向性は無論のこと、規制数値などに大きな違いはない」と心配していない。条例での規制は、国が基本的な規制対象とした都市計画区域の外も含めた行政区域全体を対象にしたものとなっている。中心市街地回帰への方向を国より早く提示した福島県の条例を追った。
まちづくり3法
今国会に提出されているまちづくり3法のうち目玉は、改正都市計画法による郊外への大型施設の立地規制だ。延べ床面積1万u超の大規模集客施設の立地を原則禁止する。コンパクトなまちづくりへの政策転換を図ったものだ。改正中心市街地活性化法では国主導により全国のモデル都市を構築していく。地方都市中心部でビジネスチャンスが生まれる。まちづくり3法改正の内容を解説する
企業ホットライン
潟Aマノ/潟Lャドセンター/旭化成グループ
電子文書のセキュリティ
電子文書が改ざんされていないか証明できる仕組み「アマノタイムスタンプサービス」を展開 潟Aマノ
3次元CGで防災を体験
コンピュータグラフィックスで示すデジタル地図を開発。防災地図、浸水ハザードマップなどが立体的に見ることができる 潟Lャドセンター
NEWS
第15回地球環境大賞
大賞に旭化成グループ
フジサンケイグループが主催する第15回環境大賞に、旭化成グループが選ばれた。優秀環境自治体賞には和歌山県が輝いた。この他、NEC、INAX、大王製紙、東京ガス、宇部興産、星野リゾート、NTTドコモ、信州大学工学部、隅田川市民交流実行委員会らを表彰
ここにスポット!
郵政民営化の地域への影響
小泉首相が「改革の本丸」と位置付け、紆余曲折を経て、17年10月に制定された郵政民営化関連6法。19年10月の民営化に向け着々と計画が進められつつある。郵便など従来からの事業は基本的に踏襲され、その上に分社化された郵便局会社の全国2万余の出先局が地域に根ざした新たな窓口サービスなどを模索・開拓していくことになる。ただ切り離される銀行と保険会社からの業務委託(窓口での扱い)の継続については、疑問を投げ掛ける声も出ている。郵政民営化の地域への影響は、どんなものか?
電磁波の人体への影響は?
世界保健機関(WHO)は、電磁波(超低周波)の人体への影響見解をまとめ、今年秋にも公表する予定とされる。国の対策は、今後の動きは?
道州制とは何か?
地方制度調査会(地制調)が答申し注目を集めている「道州制」だが、同制度が導入されれば、地域経済は、この広域自治体が担当することになる。具体的には、中小企業対策や、地域産業・観光振興・農業振興政策の担い手として中心的な位置付けとなる。
中心市街地活性化の手法教えます!第3セクターTMOの中では全国第1号の鰍ワちづくり会津。同社代表取締役であり、地元商工会議所副会頭でもある渋川恵男さんは、自らの商店がある七日町通りの活性化をボランティア組織が担ってきたという。TMOではないというのだ。 七日町通りは、JR会津若松駅から約1q離れ、JR七日町駅を起点として東西800m区間にある商店街。 渋川さんは「平成10年施行の中心市街地活性化法を受け市はすぐに基本計画を作成、同時にTMOを発足した。基本計画が対象としたエリアは市中心部200haで、地元15商店街が入った。あまりに衰退していた七日町通りは当初、同計画対象からはずされるところだったものを、やっと入れてもらった経過がある。そのためTMO活動対象のメーン通りではなかった」と振り返る。 さらに渋川さんは「これまでTMOは、お金をかけて、マンション開発や、広場整備などを手掛けてきたが賑わい効果があまり見られなかった。これに対し七日町通りは民間だけで地道に活動した実績が出ている。まち3法見直し後の活性化には、この手法を、対象となるすべてのエリアに広げたいと考えている。手法とは各エリアの歴史・文化を再生するものだ」と説明する。 まちづくりのキーワード、それは人間性回帰 もともと生まれた場所であり、10年前に戻ってきた時は、「シャッター通りを通り越して、ゴーストタウンのようなまち」(渋川さん)となっていた七日町通り。その姿にショックを受けた渋川さんは、なんとか賑わいを取り戻したいと思い、友人と3人でまちなみ協議会を立ち上げた。「ゴーストタウン」を対象に、渋川さんは2日間、来街者調査をしたことがある。しかし結果はゼロだった。 対策として、まず目をつけたのは「交流人口」だった。 渋川さんは「会津若松における消費場所は、もちろん郊外大型店。若い女性などは近隣都市である、郡山、仙台、新潟、そして東京へ行ってしまう。大型店や大都市と同じ舞台で競争しても勝てるわけがない」と指摘した。 「しかも人口12万人(当時)の会津若松市の定住人口は、少子高齢化の流れで、20年間で2割、40年間で4割減ることが予測されていた」と触れた上で、「流失した消費人口を超える、全国に3億2000万人いるといわれる交流人口を呼び込むことを考えた。交流人口は観光客もそうだが、それ以上に周辺市町村からの人口も想定した」と述べる。 交流人口を呼び込むためにどうしたか? 渋川さんは「コンピューター時代にもかかわらず、人はなぜアナログの人的交流を求めるのか。五感を充足しなければ人は生きていけないからだ。人間性回帰、まちづくりでは、これが1番大事なキーワードだと思う。七日町通りの歴史・文化を再生し、ほかの地区にない感動を与えられればと思った」と基本的考え方に触れる。
まちづくり主体はTMOでなくボランティア組織
来街者増加メリットは各店舗が受ける
実行部隊となった協議会の3人は、まず高齢化により空き店舗となった商店を訪れ、賃借対象にしてもらうよう説得して回った。市補助を受けられる修景事業を導入し、明治・大正期に建てられた古い店舗をリフォームして再生させた。
事業費150万円(市が2分の1補助)の修景を店子が借りる条件とした。募集は地元タウン誌などを通じて行い、その結果、これまで20軒程度の店ができた。自ら修景したものも含め10年間で30軒程度の店舗が再生され誕生、交流人口を高める基盤となった。
渋川さんは「会津若松は戊辰戦争で、それまでの町並みを全部破壊された。全国の城下町のような江戸時代の武家屋敷は残っていない。明治期からスタートしている。明治・大正期に建てられた古い店舗を『会津浪漫調』と称して再生した。逆手にとり、ほかの城下町にない町並みを構築している」と解説する。
こうして商店街のポイントポイントに1つ1つ『大正ロマン調』の建築物がよみがえった。
渋川さんは「例えば平屋でぼろぼろだったJR七日町駅舎(大正期建築)をリフォームし喫茶店を始めた。劣悪だった景観を変え環境が良くなったことで人が集まり始め、商売として成り立つようになった。喫茶店は女性2人が担当し、年間1600万円程度を売り上げている。結果的に人件費が捻出できた。こうした場所を商店街のポイントに増やしていった」と振り返る。
七日町商店街はTMOではなく、地元住民などからなるボランティア組織の協議会が推進役。3人で始めた組織も、いまや100人を超すメンバーで構成されるようになった。年間25万人という来街者からの経済的恩恵は商店街の各店舗が受ける形。まちなみ協議会は、あくまでボランティアに徹している。
渋川さんは次のまちづくりについて「国道252号線が中心を走る。現在、県が管理する、この道路を、地域住民の交流の場にしたいと考えている。地元自然素材(石・レンガなど)で整備をし、植栽を図り、昔のような掘割り(水路)を導入したい。その結果、車が通れない道になってもいいと思っている」と次の仕掛けを話してくれた。
最後に渋川さんは「国のまち3法見直しはブレーキ(郊外の立地規制)とアクセル(中心市街地活性化)。ブレーキをかけ郊外出店を規制しても中心部に人が戻り、消費者が満足するとは思えない。中心市街地がおもしろいと感じてもらえなければ、消費者は近隣の都会へ行ってしまう。10年間アクセルを踏んできた七日町通りのような仕掛けが必要ではないか」と主張した。
さらに渋川さんは「日本は近代以降、人間性を無視して『富国強兵』という国家の基盤づくりに取り組んできた。そして戦後の高度成長期には全国均一の地域振興策がとられた。これからは人間性を重視したまちづくりが求められている。しかし国は『選択と集中』といっている。努力する地域としないところを選別する考えだ。都市間競争は激化していく」と指摘した。
コンパクトシティ成功のカギは結局、中心部にどれだけ消費者をひきつけられるか、その仕組み・仕掛けにかかっている。そして汗をかいた地域と、そうでない地域の差は、ますます広がるものになりそうだ。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年04月05日 | コメント (0) | トラックバック
