2006年04月25日 伊藤滋(早稲田大学教授)
小...
小泉政権の目玉事業の1つ「都市再生」。学識経験者などで構成する都市再生戦略チーム座長で早稲田大学教授の伊藤滋氏に地方の都市再生・活性化について聞いた。

↓続きはここから
地方の2番目の都市を再生せよ!
地方都市再生の現状を、どう見る?
人口10万前後の、各県における2番目の都市が課題だと思っている。3全総(第3次全国総合開発計画、昭和52年閣議決定)時代から議論の対象となっていた。県庁所在都市は、国との直結度が高く、質の高い行政官がおり、道路・多目的ホール・運動公園などが公共事業により整備されている。それに比べ2番目の都市は、ぱっとしない。しかし歴史・文化性は高い。江戸時代の由緒ある領主がいた場所が多いからだ。例えば、青森県の弘前市、秋田県の大館市、山形県の鶴岡・米沢市、新潟県の長岡市など。「県庁所在」と別のてこ入れがあっていい、という意見があった。第5次(全国総合開発計画、平成10年閣議決定)で目標とした文化的雰囲気の構築につながった。美術館・公園など、歴史・文化といったソフト領域を十分考えたハード施設を整備する政策として展開されている。21世紀の新しい都市の生き様を暗示するものとなった。
昭和の終わりから平成にかけ、郊外に戸建て住宅が、いっぱいできた。価格が安いため取得しやすく、その住宅に、自動車に象徴される20世紀の文明装置や、小さいけれどお花畑、そうしたものを詰め込むことが、市民の理想像だった。その後、流通革命が起き、ショッピングセンター(SC)が郊外に立地され、大きな波となって「県庁所在」・「10万都市」の別なく押し寄せた。「県庁所在」は人口・都市集積が大きいため、商業活力が維持できる。「10万都市」は、そうはいかない。(3万人〜5万人の)周辺都市も巻き込まれながら商業機能が奪われていった。
郊外に戸建て住宅の集積ができると、居住人口に偏りが発生した。かつて旧市街地・郊外の比率は5対5だったものが、ひどい場合は2対8といった地域も出てきた。
昭和から平成にかけて
問題は政治的シフトが起きたこと。市長選挙は、旧市街地より郊外票が多くなった。かつて5対5だったが、いまは2対8。そうなると市長は掛け声だけ既成市街地・シャッター街の再生と言うが、具体的な政治的展開は郊外選挙民を意識せざるを得ない。世の実態を知らない文化人たちは中心市街地が大切だと言うが、政治の世界は、そうならなくなった。昔から保守系に影響力のある農村集落票に、郊外票という新たな票が加わり、全国の市長さんの行動を決めるようになった。
まちづくり3法見直しで国はコンパクトシティーを目指しているが逆の実態がある
国は市長さんの選挙とは関係ない。環境・文化・地場産業が大切で郊外化はおかしい、というのは世界的傾向。国は、あるべき姿をスローガンとして提示した。
しかし国の考えに市長さんが乗れるか。限られた市財政を既成市街地に半分でもいいから投入する必然性があるか。投票する人間は郊外に8割もいる、だから財政の8割は郊外に費やすべきだと。
NPOへの寄付制度で活性化を
地方の都市再生を、どうすればいいのか?
絶対という答えはない。ステレオタイプの回答が出にくい。地域の都市再生の方策は千差万別となる。答えは1つではない。中心市街地再生をあきらめる都市があるかと思えば、中心市街地のため財政を傾けよう、という都市が出てくる。
対策として絶対的なものはない?
ない。逆に、答えが多様なほど日本は良くなると思う。日本は同じ方向へ進むことが大好きだが、多様な「解」が多いほど幸せな時代となったのではないか。
ところで郊外SCが悪者にされるが、本当に悪者なのか。例えば、地域住民のイオンなどSCに対する評価は、必ずしも悪いわけではない。地方の大学生は、中心商店街はつまらない、SCは若者感覚に合うと言う。空調がしっかりしているため、お年寄りにとっても居心地が良い。中年の婦人は、郊外SCの平面駐車場に比べ、都心の立体駐車場の使い勝手は悪い、という。徹底的に聞くと実は郊外店が良いという声が多い。SCに対抗できる中心商店街をつくることは容易ではないのだ。
多様な形が想定できるとすれば、国(都市再生本部)は、どんな政策をとるのか?
まず都市再生本部はまちづくり3法見直し(テーマは「コンパクトシティー」)に直接関与していない。現在は、まちづくりの担い手となるNPO支援を考えている。15年度から始めた「全国都市再生モデル調査」事業(全国の先進的な都市再生活動を支援)の中で、NPO主体のケースが増えてきている。地方のNPOが行動している分野が、いかに幅広いか、都市づくりを考えている役人の考えがどんなに狭かったか、国は勉強した。そこで市役所とパートナーシップを組んでもらい、まちを変えてもらおうと。変え方はいろいろある。郊外を良くする、中心市街地を再生する、歩きやすいまちづくり、福祉に良いまちづくりなど。環境問題をクリアできれば、自動車の活用を考えるNPOがあってもいい。市役所・NPOの連携が運動体となれば、その都市にある問題を解決し得る。
「10万都市」は公(パブリック)が支援しないと再生は難しい。決定打はなく漢方薬のような施策となる。
一般論として、NPOのマネジメントが、うまくいっていない、との指摘があるが?
市民がNPOに寄付をする習慣をつくりたい。そのため課税対象から寄付額を控除する制度を導入している(※)。好きでも嫌いでも税金は市役所に強制的にとられるが、NPOに対しては好きなところだけに寄付をすればいい。もともと日本では(鎮守の森などの)お祭りへの寄進や、町内会に対するものなどがあったのだ。資金を得たNPOは多彩なまちづくりを展開できる。
都市再生本部などが展開しつつある、地方大学・自治体の連携による地域活性化策は、どんなものか?
25年くらい前にスウェーデンの第3の都市マルモを訪れた時のイメージがあった。それを国へ提言した。産業都市だったマルモは、そのときあらゆる産業が疲弊し、その対策として、お年寄りを中心市街地に呼び込む政策を展開していた。背景には福祉政策として国が、高齢者への補助制度を導入していたのだ。中心市街地のアパートに高齢者が住むと、そこの1階に、しゃれたパン屋・肉屋・牛乳屋・花屋などが店を構える。アルバイトをしている大学の若い女の子・男の子から影響を受けた、お年寄りが買い物を始める、という好循環が生まれた。マルモで見たお年寄り・大学生の結びつきによる活性化が原型だ。
最後に、少子高齢化・成熟化社会における今後の日本のグランドデザインは、どうあるべきか?
日本を大きく引っ張っていくのは東京。「県庁所在」は地域経済では中枢に位置され、別グループとなる。個人的思いとすれば「10万都市」を大切にしたい。歴史があり、自然に近く、人間関係に濃密なものがある。砂漠のような大都会の関係ではない。まちづくりの結果、ある都市は中心市街地が花で埋め尽くされる、ある都市は郊外で生き生きと生活できる、ある都市はお年寄り・大学生が密接に生きれる、といった多様な姿が生まれる。そうなれば日本は、おもしろくなる。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年04月25日
