2006年08月19日 北川正恭(早大大学院公共経営研究科教授)
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三重県の知事として、その改革手腕が全国から注目され、現在、政権公約=マニフェスト運動を展開する北川正恭氏に、なぜ今、マニフェストなのか聞いた。

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今なぜマニフェストが求められるのか?
日本の政治を変えようと、全国を駆けずり回っている男がいる。「日本が1000兆円もの借金を背負ったのは、政治家も確かに悪いが、その政治家に白紙委任した有権者にも問題がある。政治家を選んだ責任は当然、有権者に帰ってくる。そのことに国民が気付かねば日本の将来はない」。三重県の知事として、その改革手腕が全国から注目され、現在、政権公約=マニフェスト運動を展開する北川正恭氏(早稲田大学大学院公共経営研究科教授)だ。マニフェストはまちづくりにおける政治家と市民の具体的な数値約束でもある。今なぜマニフェストが求められるのか、北川氏に聞いた。
■今なぜマニフェストなのか
私がローカル・マニフェストの必要性を説いたのは2003年1月のことです。その年の統一地方選挙では、いくつかの先進自治体の首長がマニフェストを書き、秋に行われた総選挙では初めてパーティー・マニフェストが取り入れられました。その後、回を重ねるごとに、マニフェストは進化し、定着してきたと思います。地方が国を動かしたのです。
そもそもマニフェストを提唱したのは、地方分権の一環なのです。
話は今から10数年前にさかのぼります。
当時、政治文化を変えるには選挙制度を変える必要がある、したがって政治改革はつまるところ選挙制度改革ということで一点突破の運動をスタートさせました。それが小選挙区制の導入です。
中選挙区制は、5人の選挙区なら(選挙者の)10%〜15%とれば当選です。公共事業で東京から金をもってくることで当選できたわけです。しかし、そんな姿に政治不信がおきてきた。
小選挙区制は、50%とらなくては当選できなくなりました。いわゆる公共事業族も、10%の指示が得られても、残る90%が反対すれば当選できなくなったわけです。
つまり、政治家と有権者における「地盤、看板、カバン」というパトロンとクライアントの関係は、もう終わりにして、政策中心に選挙していこうということなのです。
そもそも国会議員の仕事はローメーカー、法律をつくることです。小選挙区制にすることで、ローメーカーに徹してもらうことが目的だったのです。
■地方政治へは影響がなかったのでは?
地方政治も大きく変わりました。国会議員が政策中心で立法府の仕事をするということは、地方のことは、地方に任さなければ成り立たないということです。
地方のことは、知事なり市町村長が責任をもって行わなければいけないということです。すなわち小選挙区制と地方分権は密接に関係しているのです。
2000年に地方分権一括法が施行され、国と地方の関係は「上下の関係」から「対等の関係」となり、地方の首長は国の出先事務所長ではなく経営者になりました。
経営者だったら経営理念、経営方針を書き、それを達成するための実行体制をつくり、実行、検証といったことを行わなくてはいけません。それがマニフェスト・サイクルというものです。
中央集権では国への陳情合戦だったのを、政策合戦にしよう、その政策は、自ら考え自己決定し、自己責任のもとに果たす。それを具体的な数値を示して市民と約束しようということです。
小選挙区も地方分権もマニフェストも政策中心の選挙ということではすべて共通しているのです。
■マニフェストにより、市民意識はどう変わるのか?
マニフェストは政治家の責任も問いますが、主権者である有権者の責任も双方向で問います。
全国1000兆円の借金で悩んだのは政治家の責任もありますが、そうした政治家に白紙委任した有権者がおろかだったわけです。ここまで借金ができたという問題意識は、政治家も有権者も双方が共有しなくてはいけません。いままでは民主主義の錯覚をしていたにすぎないのです。
市民意識が変わらなくてはこの国の未来はありません。マニフェスト運動は、こうした問題を気付かせることで、民主主義のインフラを整備していこうという運動です。
■マニフェストを一般市民に配布するのは公職選挙法の規制があって難しいようだが?
マニフェストを実際に進めてみると、いろいろな課題が見えてきます。一般市民に配布しようと思っても制約が多すぎる、公示後はホームページの内容を変えることができない、財源を書いても補助金が国に握られていれば、達成できるかわからない・・・。つまり、マニフェストは民主主義社会を実現するための必要条件ではありますが、十分条件ではないということです。
ですから、問題になった部分は、解決するようどんどん皆で変えていこうということです。
公職選挙法を変えて配れるようにすればいい、ホームページもどんどん活用できるようにしよう、補助金が国に握られないように権限移譲をしよう・・・、マニフェストはこうした問題を気付かせてくれる道具なのです。
■今後、マニフェスト運動はどのように発展していくのか
今、マニフェスト運動は新たな段階をむかえています。
それは、大解釈です。要するに、政治を市民の手に戻す意思が首長にあるかどうかという、民主主義の根幹を問うところまできています。
既存の総合計画、これまで通りの事業の進め方など、事実前提の政策をいくつ展開したところで、何も変わりません。新たな経営者が新たな価値感にもとづき目標を掲げ、それを達成するための具体的な約束を市民と交わすことが求められます。
総合計画や、基本計画より、重要な位置付けになります。
これからの首長は、どういう国を、あるいは、どういう県、どういう町村を目指すかという理念を示す大政治を行わなくてはいけません。
自治体なら、住民総意によるまちの理念である自治基本条例をつくるべきでしょう。それがマニフェストを評価する判断指標にもなります。こうやって運動が進化していけばいいのです。
議会のあり方も変わるべきでしょう。マニフェストで独裁的なことを書く人もいるかもしれない。その書き方をチェックできるのは、市民でもありますが、もちろん二元性における議会の役割が大きいわけです。
中央集権体制では、ほとんどのローカル議会は追認機関で、首長と一緒に東京に陳情に行こうでした。ですから「中央政府」対「地方公共団体」と呼ばれ、「地方政府」と呼ばれることがなかったのです。
議会は、在任期間中の考え方を契約書として示した首長をチェックするとともに、自らも条例をつくり、政策で競うべきです。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年08月19日
