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2006年09月25日
第117号
REPORT スーパー自治体の戦略 5倍の食料、6倍のエネルギーを生産
世界が直面している「食料」「エネルギー」「環境」の3つの問題を、すべてクリアした自治体が岩手県にある。人口8300人の「葛巻町」だ。主産業である酪農は、カロリーベースで町人口の5倍、約4万人分の食料にあたる牛乳を生産する。エネルギーは、風力、バイオガス、太陽光で、全世帯の6倍にあたる1万7200世帯分の発電を可能にする。そして、豊かな自然。
全国の自治体が3セク経営に頭を抱える中、この町では4つの3セクがそれぞれ連携しながら年間16億3000万円を稼ぎ出し地域経済を支えている。今、全国から最も注目を集めている自治体の戦略に迫った。
日本初のペレット製造
葛巻町には、日本で最も早く木質バイオマスの活用に取り組んだ企業がある。葛巻林業鰍ヘ、昭和58年からペレット状の木質燃料の製造を手がけている。1sのペレット工場出荷額は25円と破格の安さだ。
FEATURE 地域ブランド 最も魅力的な市は札幌市
全国で最も魅力的な市は札幌市――。
潟uランド総合研究所(東京都)が今年8月に初めて実施した「地域ブランド調査」で、こんな結果が出た。北海道は、函館(3位)、富良野(6位)、小樽(7位)、旭川(18位)、登別(20位)の6市がトップ20位にランクイン。年間4000万人の観光客数を誇る京都市は5位とトップ3から外れた。調査は国内の全779市を対象に、各市のブランド力を消費者側が点数付けしたもので、同社では「地域ブランド戦略を策定する上で、有効な評価指標になる」と話している。
企業PR イッツ・コミュニケーションズ 重機ネットワークで被災者支援
NPO法人横浜青葉まちづくりフォーラムと東急グループのCATV(ケーブルテレビ)会社、イッツ・コミュニケーションズ株式会社(神奈川県川崎市、野本弘文社長)は、9月1日行われた横浜市総合防災訓練で、重機ネットワークで被災者を救援する「いのちの地域ネット」の活用訓練を行った。同ネットワークは、18年度全国都市再生モデル調査事業に採択され、19年3月までに調査結果をまとめ報告書を作成する予定だ。地域のNPO法人が住民、自治体、企業と連携した取り組みを紹介する。
INTERVIEW 経団連ライブラリアン村橋勝子氏 「東京ではなく郷土を向け」 企業の社会貢献を問う
社会貢献活動に取り組む企業が増えている。ボランティア活動に社員を参加させたり、まちづくり活動を行うNPOへ資金援助するなど、今や社会貢献活動は企業にとって当然の義務かのように見られている。
しかし、単にお金を出したり、ボランティア活動に社員を参加させることが、本当に企業が取り組むべき社会貢献なのだろうか――。
社団法人日本経済団体連合会ライブラリアンの村橋勝子氏は、日本で発行された社史約1万3000点のうち1万点に目を通し、その分析結果を「社史の研究」(ダイヤモンド社)にまとめた。村橋氏は、単にお金を出したり、ボランティアに参加する社会貢献活動について「もっと本業の中で、社会や地域のためにやれることがあるのではないか」と疑問を投げかける。
スーパー自治体の戦略
葛巻町3セク成功の秘密
「鉄道も高速道路も、ましてや有名な温泉もない。そういう地域だから、険しい気象条件を資源として、それを最大限に生かしたまちづくりがしてこれたのだと思いますよ」。
こう語るのは岩手県葛巻町企画財政課の觸澤義美課長だ。
北上山地の山麓に位置する典型的な農山村。昭和35年に16000人近くいた人口は、その後の過疎化で約半分にまで減少した。
資源といえば、明治25年に産業振興策として導入した酪農と、町の85%を占める森林ぐらいだった。
そんな町が「ミルクとワインとクリーンエネルギーの町」として生まれ変わった。
「ミルク」「ワイン」「クリーンエネルギー」は、いずれも地域資源を生かすことによって創出した産物である。その経済効果は4つの3セク経営に集約される。
公共牧場の管理運営を行う「葛巻町畜産開発公社」、山ぶどうのワインをつくる「葛巻高原食品加工」、観光客らを対象とした宿舎やレストランを運営する「グリーンテージくずまき」、そして風力発電を行う「エコ・ワールドくずまき風力発電」である。
年間の総売上は16億5000万円、総従業員は160人と地域経済の柱になっている。
それぞれの3セクは、1次産業(畜産)から2次産業(ワイン加工)、3次産業(宿泊サービス)へと順序立って設立されてきた。さらに自然エネルギー(風力発電)が加わることで、1次から3次を掛け合わした「6次産業+環境」という新しい地域イメージを誕生させた。8300人の町への観光客は年間50万人にものぼる。
酪農ビジネスモデルからの展開
葛巻町3セク成功のポイント
3セクによる「地域活性化」戦略の始まりは30年前まで遡る。
1つの目の3セクは、昭和51年に設立された畜産開発公社。当時の高橋吟太郎町長が「町民が飼う牛の量を2倍にして、牛乳が3倍生産できる町にしたい」と町の資源であった酪農を最大限生かすために立ち上げたものだ。
牛の数を倍にするといっても山に囲まれた谷間の町には土地がない。目をつけたのは、標高1000mを超える北上山系だった。草木も生えない山地に、国営事業を導入して、牧場開発を行った(総事業費146億円)。
広大な牧場を管理するには、人材や知識も必要になった。公社では、岩手県の先進的な民間牧場である小岩井農場から人材を招聘(しょうへい)し、現場責任者に据えた。「当時、民間との協働なんて全国どこを見渡しても無かった時代です。トラック1つ買うにしても中古品と、行政に欠けているコスト意識を叩き込まれました」。
鈴木重男専務理事は当時をこう振り返る。
公社の業務は、農家が搾乳に専念できるように、子牛を預かり育てることだ。1頭あたり500円。これが収入のすべてだった。
「最初は500頭を集めるのに10年ほどかかりましたが、その後、県外へも呼びかけ、今では3000頭にまで増やすことができました」。県外の牛を預かることには反対の意見もあったが、公社が自立した経営基盤を築くために押し切った。
農家への技術指導も行った。50頭の搾乳モデルを模範展示し、酪農農家を招き指導したのだ。
こうした取り組みの結果「牛の量を2倍にして、牛乳を3倍生産する」目標は見事達成された。
5000頭しか飼育されていなかった乳牛の数は、現在1万1000頭にまで増え、搾乳量も日量30tから、3倍以上の120tまで大幅に伸びた。
乳牛の哺育育成事業に成功すると、公社では、さらに雇用を増やすため、肉牛の哺育にも着手した。その次は精肉屋、そして焼肉屋、さらにはチーズ、アイスクリーム、パンへと事業を拡大させた。
こうした取り組みにより、30年前、わずか10人でスタートした畜産公社は110人の雇用を生むまでなった。年間売上げは11億円に達し、経常利益3300万円を誇る。
設立当初からの生え抜き職員である鈴木専務は、成功のポイントについて「1つ1つの事業をきっちりとやってきたことだ」と語る。
「本業はしっかりとやる。でも本業がつぶれても倒れないように多角的に取り組む。1つの目標を達成したら、その次。毎年、毎日の繰り返しだ」と―。
次なる展開として中国への進出もしたためている。「中国の技術発展のスピードは予想以上に速いが、安全という面から入り込める余地はあると思う」(鈴木専務)。
森林資源を生かす
2番目に設立された3セクは葛巻高原食品加工梶Bもう1つの地域資源である「森林」の活用策として、山ぶどうを生かしたワインづくりを開始した。「昔から山ぶどうをジュースにする習慣が地域にはあったのです」(町企画財政課の觸澤課長)。
昭和61年、62年に工場を整備し、63年に醸造の許可を受け事業をスタート。
しかし、平成7年までには8000万円の累積赤字となり、事業存続は極めて厳しい状況となった。
この時、当時、畜産開発公社で手腕をふるっていた鈴木専務が、葛巻高原食品加工へ出向。平成10年までに黒字転換を果たした。
「ワインを外へ売っていくためには、まず町民が自分たちのワインであることを意識しなくてはいけない。そこで2カ月に1回、町民を招いたワインパーティーを開いたのです」(觸澤課長)。
町民からの意見をもとに改善改良を繰り返し、同時に町は、ワイン技術者の育成や、霜に弱かった山ぶどうの品種改良などを資金的にバックアップした。
葛巻高原食品加工は、年商3億5000万円、経常利益で2000万円近を経常する3セクの稼ぎ柱に成長した。
3つめのグリーンテージ(平成4年設立)は、こうした特産品の販売やレストラン運営、宿泊(24室80人)などを手がける。
売り上げは年間1億5000万円。利用者に限りはあるが、それでも100万円の利益を計上している。
4つ目の3セク「エコ・ワールドくずまき風力発電」は、それまで牧場で厄介者だった風を資源に生かした展開だ。
平成10年に建設した風力発電施設3基の発電量は186万4700kWh。買電単価は11・5円で、売り上げは1095万円にのぼる。ただ、維持管理、減価償却などの支出を厳密に計算すると年間2億円もの赤字になる。
しかし、町からの持ち出しはゼロ。実は、この風車は、標高1000m以上における風力発電の実証試験を行うために、企業が運転しているもので、町は資本金1000万円を出しただけ。
スタッフも1人の職員が兼務であたっているため、実質的には赤字にはなっていないというわけだ。
そればかりか、牧場に立つ風車が、新たな観光イメージを創り出し、集客など経済効果まで生み出している。
平成13年には、エコ・ワールドくずまき風力発電に続き、特殊法人の電源開発(Jパワー)が50億円を投じて1750kWの大型風車を12期を設置した。
さらに町では、太陽光や、家畜の糞尿を生かしたバイオマス発電、間伐材などの木質バイオマス発電にも着手し環境ブランドを確かなものにした。
ちなみに、3セク、民間をあわせた風力発電施設(15基、計2200kWh)、中学校へ設置している太陽光発電システム(50kWh)、畜産バイオマス発電(37kWh)、木質バイオマス発電(120kWh)すべてを合算すると、建設投資だけで57億1000万円がかかっていることになる。
しかし、これまでに町の予算から投入された資金はその1%(6500万円)に過ぎない。
環境ブランドが定着した葛巻町は、先進的な企業にとってPR効果も兼ねた実証試験のフィールドになる。そのため、多くの自然エネルギー施設が、企業の負担で取り組まれているのだ。
最近では、町内の民有林を民間企業が管理する「企業の森」事業も始まっている。首都圏の企業からの申し出を受けたもので、企業は顧客を招いて植樹や憩いの場の整備など、環境教育や社会貢献に森林を活用するのだという。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年09月25日 | コメント (0)
2006年09月15日
若者の視点がボランティアを変える(川本・多賀)
ゴ...
ゴミ拾いは楽しい


「環状線一周ゴミ拾いウォーク」は、大阪市民の身近な足であるJR大阪環状線を自ら歩くことで街の魅力を再発見し、自分達の住む街を歩きながら綺麗にすることを目標に始めたイベントです。
ゴミをポイ捨てすることは「カッコ悪いこと」と自覚し、若者のパワーで社会を少しずつ変えていくことの契機になればと思っています。
当日は、スタッフ、参加者(途中参加者含む)合わせて40人以上の若者が集まりました。多くは学生ですが社会人も参加しています。
晴天に恵まれ日差しが降り注ぐ中、集合場所の天王寺を9時にスタート。新今宮へ向け環状線を外回りに進むコースを選びました。
炎天下のため休憩を適宜入れながらの進行であったため、時間はだんだんと押してしまい完走できるか危うくなっていましたが、参加者の「ゴミを拾って綺麗にしたい」「完歩したい」と言う思いが強く、時間ギリギリまで続けることにしました。ゴール地点の天王寺に到着したのは午後6時半で環状線一周に9時間半がかかりました。集められたゴミは70Lゴミ袋約30個分の多さになっていました。
GOAL地点では、ストリートミュージシャンによるライブが開催され「一周を歩いた達成感と、街について考えていこう」ということを改めて感じることができました。
「挑戦+ボランティア+エンターテイメント」
このイベントを開催するにあたっては2つの目標がありました。
1つは「若者が街のことを考えるキッカケを与えること」、2つ目は「30キロという長い道のりをゴミ拾いしながら歩くことによって、挑戦することの素晴らしさや少しでも若者達が社会に影響を与えることができるということを実感すること」でした。
若者が参加する仕組みとして、環状線を「一周」するという冒険要素を取り入れ、さらに「完歩後のストリートミュージシャンによるLIVE」を開催することで、兼ねてから感じていた、ボランティアの地味な感覚や堅苦しいイメージを払拭させることができたと思います。
大阪市ボランティア情報センターの担当者からは「挑戦+ボランティア+エンターテイメント」という構図は非常に新しいことだと評価をもらいました。
街プロジェクトの発展を考えていく上で考えなければならないことは、街プロのファンを育てることです。
プロスポーツチームのように、多くのスポンサーやファンを必要とするNPOやボランティアチームには、楽しさを生み出して多くのファンを獲得しなければなりません。
今、NPOやボランティアに欠けているのは「楽しさ」だと言えます。楽しくて、気がつけば社会の為に何かできているという構図が築くことができれば、もっともっと活発にみんなが参加してくれる、応援してくれる社会貢献ができるのではないでしょうか。
今年は第一回目の開催です。これから大阪の若者たちの夏の風物詩にしたいと思います。
街プロジェクトは、今後も@街への意識を高めるA街生活を充実するB若者たちの視点を生かす――の大きな3つのテーマにもとづき活動を展開していきます。
NPOでもボランティアチームでもない自由な発想の企画集団として、新しい形を創り上げていきたいと思います。
川本傑(大阪市立大学4生)
多賀謙太郎(立命館大学4年)
■イベント参加者:42名
学生参加者の大学:大阪市立大学、京都大学、関西学院大学、同志社大学、兵庫県立大学、神戸大学、龍谷大学、大阪教育大学、関西大学、横浜国立大学、早稲田大学、立命館大学、神戸学院大学など
社会人参加者:高校教師、中学教師、薬剤師、一般企業など
■協力:大阪市ボランティア情報センター、大阪市環境事業局、中部環境事業センター
■所要時間:9時間30分(午前9時〜午後6時半)
■集まったゴミ:70Lのゴミ袋、30個
投稿者 machizukuri : 更新日2006年09月15日 | コメント (0)
第116号
特集 愛ある者は金を出す まちづくり資金集め講座
まちづくりを考える上で、つねに課題となるのが活動のための資金調達だ。行政の補助金に頼ることができた時代ならまだしも、国と地方が1000兆円もの借金を抱える中では、いくら大義名分を掲げてみても、簡単に「金」は落ちてこない。しかし、世の中には金に困る人もいれば、余裕がある人もいる。お金を使いたくてウズウズしている人、多少リスクを負っても共感できる事業には投資する人……。こうした資金をまちづくり活動に取り込めないか?今号では、全国で始まっている地域活性化のための資金調達の事例を紹介する。
その1 グリーンシート 文化を守る零細企業が5400万円を調達
岩手県東和町(現花巻市)に日本ホームスパンという会社がある。従業員23人、50年の歴史を持つ老舗企業だ。
社名のホームスパンとは、羊の毛を紡ぐ仕事のこと(家=HOMEで、羊毛を紡ぐ=SPUNの意)。もともと英国スコットランドの伝統的な生地生産の技法だったが、日露戦争をきっかけに、防寒対策としてその技術が国内にも移入された。
明治後半からは、岩手県や北海道、長野県で羊の飼育が奨励され、同時に国産の生地生産が始まった。しかし、第二次世界大戦以降は機械化や後継者不足の影響で、岩手県を残し、他の産地は消滅してしまった。本場イギリスでも産業革命後の機械化により、手作業のホームスパンは個人の染織作家が作る工芸品ぐらいになっているという。
そんな中で、昔ながらの伝統文化を受け継いでいるのが同社だ。その技術は国外からも定評があり、平成14年には、世界的なブランド「シャネル」との取り引きを開始した。
しかし、経営状況は厳しい。バブル崩壊後、国外製品との価格競争が激化する一方、人件費は上がり続け、売り上げが伸びても利益が出せない状況が続く。
年商は1億6000万円で、ここ数年で25%も伸びたが、赤字はなかなか解消されない。
希望の光であるシャネルとの取り引きを拡大するには、工場の設備増強が不可欠で、そのための資金調達が必要となった。当時、銀行からの融資は期待薄。そんな中、同社が目をつけたのがグリーンシートと呼ばれる株式市場だった。
その2 寄付市場 2000人の村が1500万円を集めた
返済不要。自治体に夢の財源
長野県泰阜村1500万円、北海道沼田町520万円、同羅臼町1600万円……。これらは自治体に集まった一般市民からの寄付金の額だ。過疎化など人口減少による税収の落ち込みに加え、交付税の削減と、ダブルパンチに頭を抱える自治体にとっては「返済不要」の夢のようなお金である。この自治体への寄付市場が、にわかに活気づいている。仕掛け人は、NPO法人寄付市場創造協会の渡辺清会長。同会では、全国の自治体に対し「寄付による投票条例」をつくるよう呼びかけている。これまでに10市町村が条例を制定。今後、小規模自治体ばかりでなく、各地で導入はますます加速しそうだ。
その3 全国事例 市民ファンド、マッチングファンド、不動産証券化、市民公募債…
全国各地で、市民出資を取り入れたまちづくり活動が始まっている。元祖とも言えるのがNPO法人北海道グリーンファンドの市民風車だ。環境に配慮した風車の建設にあたり、必要な資金調達に市民からの出資を取り入れた。出資してくれた市民に対しては、風車が作り出した電力を売電することにより、銀行の利回りよりはるかに高い2・4%利率で出資金を返済していく。
京町家の保存や、首都圏の中心市街地にあるビルの再生には、不動産証券化という手法が取り入れられ始めている。こちらも、再生後の施設の運用により、出資者に対して高い利回りを想定する。
一方、返済などは想定せず、必要な事業のために市民や行政、NPOが資金を出し合う「マッチングファンド」という事例も出ている。
行政主導では、特定の事業に対する市民公募債の活用も活発化している。
その4 企業の社会貢献 泣く子も黙る!経団連が1500億円を支出
社団法人日本経済団体連合会の社会貢献推進委員会・1%クラブは、会員企業らを対象に、経常利益や可処分所得の1%相当額以上を自主的に社会貢献活動に支出することを推進している。
この1%クラブは、経団連が欧米企業の社会貢献活動などを参考に1990年に設立したもの。現在、265社、個人会員1050名が加入する。
ちなみに、同クラブが経団連の会員を対象に行った社会貢献活動の実績調査(2004年度、1390社対象)では、社会貢献活動の支出総額は年間1508億円(うち61億円が災害被災地支援)、1社平均が実に3億5100万円にもなった。
グリーンシートって何だ?
戦後、地域を救った企業だから 240人が株主になった
グリーンシートとは、日本証券業協会が平成9年に開設した新たな証券市場のこと。日本の株式市場には、証券取引法上の市場として、東京証券取引所や大阪証券取引所、ジャスダック(店頭)などがある。これらに上場しない企業を対象とした未上場企業向けの証券市場がグリーンシートだ。
一般に、証券市場へ上場するには、利益、時下総額、株主資本などの数値基準をクリアしなくてはならない。コストも最低で登録時に5000万円程度、その後の上場維持に3000万円〜4000万円が必要とされる。
これに対してグリーンシートは、公開のための形式的な数値基準はなく、一般的に時価総額が2〜3億円規模でも上場できる。経費も公開示が750万円〜、その後の維持が年間500万円〜と、中小企業にとっては取り組みやすい内容となっている。
公開にあたっては、代表取扱証券会社=主幹事証券会社が対象となる企業の「社会性」「成長性」「事業のリスク」などを審査し、これらをクリアした上で、ディスクロージャー(情報の開示)することが義務付けられる。そのため、株主にとっても安心して購入してもらえることが特長だ。
知人や顧客が応援団に
日本ホームスパンは、どうやって5000万円を超える資金を集めたのか?
菊池完之社長は「知り合いや顧客、地域の人たちに呼びかけ理解を得た結果240人が株主になってくれた」と振り返る。
そのほとんどは、株式投資とは無縁だった人達だ。地域の伝統を守る同社の必要性を感じた人々が、株主となることで、同社を応援したのだ。
同社の創業は昭和36年。設立の背景には地域の歴史が大きく関わっている。
岩手県東和町では、明治後期から羊の飼育が奨励され、さらに輸入羊毛による生地生産が農家の副業として各家庭で行われていた。が、第二次世界大戦中は、羊毛が軍需物資とされ、各家庭での羊毛加工は固く禁じられ、家庭で羊の毛を紡ぐ「ホームスパン」の技術は、地域から消滅してしまう。
終戦後、服役を終えた軍人が故郷にもどってきても、地域には何の産業もない。そんな中で、東和町の旧軍需物資の倉庫に大量の羊毛が保管されていたことから、地域に産業・雇用を生み出そうと地域が一体となって、羊毛加工の会社を設立した。これが日本ホームスパンの前身にあたる河東ホームスパンだ。河東ホームスパンはその後、倒産してしまうが、先人達の思いを引き継ぐ形で、日本ホームスパンが誕生した。
40年近く前から、同社に勤めている小菅まさ子さん(63)は「この会社は、お寺さんと同じように、昔から地域の中で育ってきました。ですから、どんな時代になっても、住民の心の中から無くなることがないものなのですよ」と話す。
菊池社長は「グリーンシートで集めさせていただいた資金は、何らかの形で利回りが出せるように経営改善をしたい」と語る。季節ごとに生産のムラをつくらない体制を確立し、海外取引の幅を広げていくのが当面の課題だ。
そして、その先には、東証マザーズなどへの上場も視野に入れる。
「グリーンシートへの公開にはそれだけ費用もかかっています。これに甘んじるのではなく、投資していただいた皆様のためにも成長企業を目指したい」(菊池社長)。
18年7月現在、グリーンシートに登録されている企業は89銘柄ある。中には10億円を超える資金調達を実現した会社もある。
グリーンシートは日本経済の起爆剤になる
インタビュー
ディー・ブレイン証券 出縄良人社長インタビュー
※本紙にて大反響
投稿者 machizukuri : 更新日2006年09月15日 | コメント (0)
2006年09月05日
「街プロジェクトSUMMER SPECIAL」
「...
「街プロジェクトSUMMER SPECIAL」

街プロジェクトの夏の企画「環状線一周ゴミ拾いウォーク」が8月12日に行われました。大阪の住民の身近な足であるJR大阪環状線を自らの足で歩くことで、歩きながら街を見直し魅力を再発見すること、更にゴミを拾いながら歩くことで自分達の住む街を綺麗にすることを目標にした始めてのイベントです。ゴミをポイ捨てすることは「カッコ悪いこと」であることを自覚し、それが若者のパワーで社会を少しずつ変えていくことの契機になればと思っています。
スタッフ、参加者(途中参加者含む)合わせて40名以上の若者が集まりました。多くは学生ですが社会人も参加しています。
スタッフは7月から準備を行い、ゴミを運ぶトラック1台と給水兼救護スタッフの乗る車を1台準備し、綿密な打ち合わせと参加者の募集をしていきました。大阪市ボランティア情報センターにはアドバイスをいただき、大阪市環境事業局、中部環境事業センターにはゴミ収集の手配の協力を得ることができました。
当日は晴天に恵まれ日差しが降り注ぐ中、集合場所の天王寺を9時にスタートしました。新今宮へ向けて進む外回りのコースを選びました。スタート直後から大量のゴミが道路に落ちており先行き不安になりましたが、参加者の皆さん全員が非常に真面目にゴミ拾いをしている姿を見て我々スタッフも元気づけられました。最初は順調に進んでいましたが、炎天下のため休憩を適宜入れながらの進行であったため、時間はだんだんと押してしまい完走できるか危うくなっていました。しかし、参加者の皆さんの「ゴミを拾って綺麗にしたい」「完歩したい」と言う思いが強く、時間ギリギリまで続けることにしました。中部環境事業センターにゴミを届けるため17時の時点にいた大阪城公園駅でゴミ拾いを打ち切りましたが、そのときに集められたゴミは70Lゴミ袋約30個分の多さになっていました。その後も完歩目指しゴール地点の天王寺まで歩き、到着は午後6時半で一周時間は9時間半でした。GOAL地点では、ストリートミュージシャンによるライブが開催され「一周を歩いた達成感と、街について考えていこう」ということを改めて感じることができました。
このイベントは街プロジェクトが企画したとは言うものの、当日参加した全ての方で作り上げていったイベントだと思っています。暑い中30キロもの道のりを歩くという困難な目標の中で生まれた絆と団結、広がっていく輪、そして街の現実(色々な魅力、風景や問題点)を感じました。「自分達の住む大阪という街を綺麗に使っていかないといけない、街を大切にすることはカッコイイこと」という認識をより強く持つ契機になったイベントでした。スタッフ、参加者全ての一致する見解として「してよかった」「またしたい」というものがあり、このイベントは成功したと考えていいと思います。これからも多くのひとを巻き込んで、このような大型企画をして「街」を考えるキッカケを作っていきたいと街プロジェクトは考えています。
(文・街プロジェクト広報・多賀謙太郎<立命館大学4年>)
街プロジェクト代表・川本傑(大阪市立大学4年)より
この度は、街プロジェクトSUMMER SPECIAL「環状線一周ごみ拾いウォーク〜歩けば変わる、拾えばわかる〜」を開催するにあたりまして二つの目標がありました。
一つ目は「若者が街のことを考えるキッカケを与えること」、二つ目は「30キロという長い道のりをゴミ拾いしながら歩くことによって、挑戦することの素晴らしさや少しでも若者達が社会に影響を与えることができるということを実感すること」でした。
街プロは2006年1月1日に発足したプロジェクトチームですが、我々の目標は、年上の方々が成しえることができない若者独自の視点から「まちづくり」を行っていくことでした。今回のサマスペには色々な工夫がありました。一つ目は、「一周」という冒険要素をいれたこと、二つ目は「完歩後のストリートミュージシャンによるLIVE」でした。
兼ねてから感じていた、ボランティアの地味な感覚や堅苦しいイメージを払拭するべく若者の視点を取り入れることができたと思います。大阪市ボランティア情報センターの松尾さんという方から「挑戦+ボランティア+エンターテイメント」という構図は非常に新しいことだとお褒めの言葉を頂きました。
そして、街プロジェクトの発展を考えていく上で考えなければならなかったことは、街プロのファンを育てることでした。これはプロスポーツチームのように、多くのスポンサーやファンを必要とするNPOやボランティアチームには、楽しさを生み出して多くのファンを獲得しなければならないということです。今、NPOやボランティアに欠けているのは「楽しさ」だと言えます。楽しくて、気がつけば社会の為に何かできているという構図が築くことができれば、もっともっと活発にみんなが参加してくれる、応援してくれる社会貢献ができるのではないでしょうか。ということをメンバーで何度も話し合いました。
街プロジェクトは、NPOでもボランティアチームでもない体系をとっています。それは、自由にやりたい、新しい形を作りたい、そういった意味が含まれています。企画の中にボランティアはもちろんありますが、企画集団として「〜しなければならない」「〜したらオカシイのでは?」といった枠をできるだけ設けないためにプロジェクトチームという形がベストだと思っています。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年09月05日 | コメント (0) | トラックバック
木造住宅の耐震診断技術者養成の研修施設を開設(大河)
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耐震診断などの住宅性能評価技術向上を目的に設立されたNPO法人「日本住宅性能調査協会」http://www.jyuutakuseinou.net/(東京都渋谷区、五十畑 和己理事長、会員数440名余)では、耐震診断実地研修施設(木造住宅)を八王子市内に開設した。居住者のいる住宅を使用して耐震診断の研修を行うのは業界初。
橋本専務理事は、「M8クラスの巨大地震はいつ起っても不思議ではないが、木造住宅の耐震化は、遅々として進んでいない。耐震化は緊急を要するので、診断技術の向上には不可欠として開設した。協会員向けに、耐震診断実地研修を定期的に行う。空き家では生活感がないので居住者のいる床下や天井裏に入って実地調査を体験してもらう。居住者への配慮や養生、留意点など机上講習では出来ないことも実地体験してもらう。調査結果は財団法人日本建築防災協会の評価プログラムに入力して補強方法も学ぶ。診断技術者が増えれば耐震化は促進されるので、研修料金は施設利用料も含め、協会員向けが2日間で6万4千円と安価に設定した。希望があれば、自治体の診断担当者や耐震化促進担当者などにも開放する。」としている。
木造住宅の耐震改修が進まない背景には、耐震診断が必要とされる木造住宅数2400万戸に対して、耐震診断技術者の絶対数が足りないことや、壁を壊して壁内部の筋交増強を中心とした従来の補強方法では、費用面や日常生活への影響など、施主の負担が大きくなり補強を諦めてしまうことがある。耐震性に問題があると指摘されても、改修工事を実施するのは2割以下のようだとしている。
自治体によっては独自に耐震診断講習会を実施して登録診断士制度を実施しているが、実際の建物を使用した講習会は実施していない。そのため、現地調査の経験がない者や、診断プログラムを使用せずに診断するなど問題点も多く、診断精度を疑問視する声もあった。日本住宅性能調査協会では、診断7つ道具の使い方や安価で信頼性の高い補強設計など同協会が培ったノウハウも提供する。また、過去に工事金額が障害となって補強工事を諦めた施主を対象に安価な補強方法の相談も受付けている。
問い合わせ先は日本住宅性能調査協会 TEL03−5365−4402。
NPO法人「日本住宅性能調査協会」は、平成14年に設立。木造住宅を対象として、国土交通省住宅局監修の「木造住宅の耐震診断と補強計画」に記される方法を用いて、協会の定める評価基準及び調査規準に基づき、住宅の性能についての調査診断、評価及び登録、また、技術者の養成、啓発を目的としている。さらに、同種の活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡、助言又は援助の活動などにより、当該住宅の耐震性能、耐久性能、省エネルギー性能、居住性能、環境性能、その他当該住宅の性能の評価技術及び住宅性能の向上促進を図り、防災、環境保全、まちづくり、並びに社会教育に寄与することを目的に特定非営利活動を行っている。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年09月05日 | コメント (0) | トラックバック
学校向けメール配信システムをバージョンアップ
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ソフトウエア開発・販売のウェルダンシステム(東京都中野区、三木芳樹社長)は、同社が開発、全国の学校、幼稚園、保育園など250拠点以上、20以上の自治体、教育委員会、警察署、消防署(団)、公益法人、NPO等で運用されているメール配信ソフト「メール革命スクール」をバージョンアップ、セキュリティ対策を強化するとともに使い勝手を向上させた。
「メール革命スクール」は、学校現場に特化した専用ソフトで配信先のアドレス等のデータを自動で登録できる機能等、日常の校務に支障が出ないよう設計され、現場の先生方にも好評。また、このシステムは、ASP(外部委託型メール配信システム)方式とは異なり、保護者から預かった配信先アドレス等の個人情報を全て自己管理する方式。情報漏洩の対策もなされているため、個人情報保護の観点からも高い評価を得ている。
自治体や教育委員会でのメール配信システムは全国でも導入が進んでいるが、ほとんどがサーバ利用型で、市区町村全域に情報が流されるため、身近な情報として捉えてもらえない等の問題がある。また、保護者の登録率が低く、運用を中止する自治体も出始めている。同社では、導入前に入念な打合せを重ね、自治体、警察署、教育委員会等のネットワーク化を図り、運用基準作成や確実な運用をするためのノウハウを提供している。このため最近では、ASP方式に代わって、「メール革命スクール」のような自己管理型で学校ごとに運用するメール配信システムが市内の全校に一括で導入されるケースが増えている。
埼玉県熊谷市教育委員会では、携帯電話のメール機能を利用して、防犯情報等を学校から保護者へメール配信により迅速に知らせるシステム「メール革命スクール」の導入を決めた。全国的に多発している子供が巻き込まれる犯罪被害を事前に阻止することが目的。同市が事前に行った保護者へのアンケートでも、多くの保護者がメール配信を希望する結果となり、昨今の高い保護者のニーズに答える形で「メール革命スクール」を導入することとした。昨年度から市内の小学校5校での試験的な運用を経て、今年1月より全校での運用を開始した。具体的な事例はhttp://www.welldone.co.jp/products/mk/mk_user_kumagaya.htmから。
運用面では、緊急時の不審者情報・防犯情報の一斉配信以外にも、帰宅時間の変更や、悪天候による急な行事の中止等、学校ごと、クラスごと、地域ごとの日常の連絡網としても利用可能なため、従来の電話やプリントに変わる連絡手段として活用されている。また、電子メールが利用できるパソコンがあれば、即日利用できる、運用コストが一切掛からない。
現在、試験運用をしている自治体も多数あり、同社では今年度中に1000拠点以上での稼動を見込んでいる。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年09月05日 | コメント (0) | トラックバック
電子申請の現状・電子コミュニティづくりを探るフォーラム(大河)
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日本行政書士会連合会近畿地方協議会http://www.osaka-gyoseishoshi.or.jpは、9月8日(金)13時30分から17時まで、國民会館住友生命ビル12階、武藤記念ホール(大阪市中央区)で、電子申請・電子コミュニティを通じた行政と市民の対話の現状について、対面で相互理解を深めることを目的とする「電子自治体フォーラム」を開催する。参加無料。定員350名。申し込みはFAX06−6941−5497、またはE-mai:linfo@osaka-gyoseishoshi.or.jpまで。
日本行政書士会連合会近畿地方協議会が主催し、日本行政書士会連合会が共催する。北山 孝次(日本行政書士会連合会近畿地方協議会会長)の開会挨拶後、京都府副知事 猿渡 知之氏が『ITを活用した行政経営改革の推進について』、大阪府総務部行政改革室長 藤岡 巧一氏が『大阪府におけるIT推進の取組』、兵庫県県民政策部政策部長 牧 慎太郎氏が『ICTを活用した住民参画の促進』と題しそれぞれ講演する。閉会挨拶は盛武 隆(滋賀県行政書士会会長)。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年09月05日 | コメント (0) | トラックバック
三宅島復興に奮闘する沖倉商店が自然の染めのナチュラルダイTシャツ発売(大河)
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沖倉商店(東京都三宅島、沖山仙明社長)は、できる限り水や大地に負荷を与えない環境対応、肌に優しい素材特性を生かし、三宅島の明日葉や岩海苔で染めたナチュラルダイTシャツをLOHAS商品として販売を始めた。 価格は3,600円〜4,600円。購入は三宅島モールhttp://www.m-mall.jp/から。
このナチュラルダイを提供している会社は、植物以外にも鉱石など「自然界にあるもので染められないものはない」という。江戸時代に最高の技術と言われた「染め」は、1つの染めで反物を90回以上染めては乾かすを繰り返す。これでは現代の採算ベースに乗りにくくなっている。そのため、大島紬などの高価な品を除き、一般にはなかなか紹介されることがない。まず人件費がでないし、Tシャツなどは90回も「染め」をすればボロボロになってしまう。
いっぽう、これまでの染めは染色堅牢度に問題があり、洗濯による劣化や保存に弱点があった。染色過程が手工業的で大量生産には程遠く、発色も不安定だった。これらの欠点を克服すべく研究され進歩した染めはナチュラルな利点を生かしながら、品質の均一性を確保しつつ、量産化できるようになり、できる限り水や大地に負荷を与えない環境対応、肌に優しい素材特性を実現した。現在、ナチュラルダイでは約3000色ものカラーが存在すると言われ、それぞれ素材の持つ色素がグラデーションで抽出される。自然界から抽出した染料で染色された服には、抗菌、脱臭、鎮静など自然本来の効果が発揮され、肌への優しさや、心の癒しに好評を得ていることから、LOHAS商品として販売を始めたもの。
沖倉商店は、創業者沖山倉雄の苗字名前の頭文字をとって沖倉としたもの。沖山倉雄は、店を経営する傍ら、仲間に炭焼きさせるために山を買い、山の木を切り炭を作ると、また植林するという山林再生を実践していた。島民全体で仕事をシェアするその行動と自然に対する再生のスピリッツは、今で言うLOHASを先取りしたものといえる。創業は1928年11月1日、現在(※2006年春)創業77年の老舗として何度もの噴火被害を受けながらも営業を継続。現在は末子の仙明が継承している。
1983年の噴火で阿古地区が埋没した時には過去最大規模だった沖倉商店を失った。
還暦を迎えた2000年に噴火で全島避難。避難中大動脈解離(石原裕次郎と同じ病気?)で手術。川崎の聖マリアンナ病院で奇跡的に一命を取留め回復の為に入院生活を送る。その後順調な回復もあり、2005年2月1日の帰島第一陣で三宅島に戻り現在に至っている。生涯噴火体験すでに4回という三宅島の噴火と共に生きていると言っても過言ではない。
今回のTシャツ販売も、島の小さな商店が作る単なるお土産Tシャツではないことを証明し売上げの1%は三宅島の為に利用するという活動を推進するとしている。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年09月05日 | コメント (0) | トラックバック
第115号

REPORT 日本固有の里山を現代アートが蘇らせた
「何これ―」「きれいだね―」
たどり着いた過疎の村にあるブナ林に植えられた3万本のビーズの花を見た瞬間、発せられた言葉だ。17軒しかない集落の住民全員が現代アートの作家と2年間を掛けてつくった協働作品。名付けて「こころの花」。むかい入れてくれた村の人々の笑顔に触れた来訪者は、里山を見る眼が変わっている。新潟県十日町市・津南町で開催されている、あの大地の芸術祭・越後妻有(つまり)アートトリエンナーレでの現象だ。広大な農村地帯に300以上の「びっくり箱」(作品)が仕掛けられている。箱を開け、各現代アートに触れた者は、妻有の地を好きになっている自分に気付く。文化を切り口としたイベントが、毎回100億円超の経済波及効果を生み、地域再生を実現しようとしている。大地の芸術祭とは何か?実態に迫ってみた。
FEATURE 観光カリスマ・加藤文男氏が語る 年間観光客80万人、人口1%雇用を達成
旧富浦町の時代、町長から道の駅開設・運営の仕事をおおせつかった。平成3年から15年まで携わった。施設のテーマは、産業・文化の振興、情報発信、そして運営組織の黒字。4点セットを求められた。大変難しい要求で、事実、非常に苦労した。公務員でありながら1つの事業に13年間かかわった。死ぬような思いでやってきた――――。(7月に都内で開催されたISAC研究部会において)
大学を地域活性化に使え!
日本地域政策学会は7月、高崎市内の高崎経済大学内において第5回全国大会を開催した。「大学と地域が連携したまちづくり」が大会テーマ。このなか東京大学の大西隆教授が「大学と地域の連携による地域振興」、NPOサポートセンターの山岸秀雄理事長が「産官学NPOプラットフォーム」という演題で、それぞれ講演した。
INTERVIEW 石原武政・関西学院大教授に聞く まちづくりの中身は各地域がつくる!
関西学院大の石原武政教授に、まちづくり3法見直しに至る経緯や、その内容、考え方などをインタビューした。前号に続く特別インタビュー後半
200の集落にこだわる
学問・文化を考える地に再生
平成6年度から新潟県が始めた広域圏単位の活性化支援事業を受け、十日町(妻有)地域はアートを切り口とすることを選択、北川フラム氏(アートディレクター、新潟県出身)を招請した。
北川氏は、まず舞台となった妻有地域について「典型的な過疎の農村地帯。豪雪地域で地震(平成16年10月、中越地震が発生)もある。棚田が多く、平らな水田が存在しない。厳しい環境の中で、1000年〜1500年といった長きにわたる人々の労働の歴史がある。日本の里山文化で、世界にはない独自のもの。現代社会が切り捨てようとしている場所だ」と客観的に位置付けた上で、導入した現代アートについて「日本の根である里山をキャンバスとした時、アーティストは最も美しく見せる仕事ができる。人の土地で作品をつくろうとすれば当然、反対が起こる。現地の人にとり現代アートなどは、理解できる範疇にはない。しかし作家は、ものすごく地域の勉強をする。制作過程は基本的には労働。そこで地域の人々とつながっていく。反目していた地元の人々と作家の共同作業が起こり出す。そのコラボレーションを協働という言葉で表現し出したのも、このイベントからだ」と考え方や経緯について振り返る。
芸術祭について北川氏は「妻有にある200の集落にこだわった結果、広大な地域に作品が点在することとなった。今の世の価値観では、多くの情報(作品)に最短でアクセスすることが求められる。妻有では1つの作品に、めぐり会おうと思えば、車で大変な思いをして行かなければならない。きわめて非効率だが、その行程で、五感を通じて、草いきれ、風のさわやかさ、そして地域の人々の人情に触れることができる。里山の中で人間性を回復できる」と説明し、さらに「里山は単なる自然ではなく、人間が農業を通じて文化を形成してきた場所。日本人の生活そのもの。アートを通じて再認識できるイベントを仕掛けた」と要約する。
最後に北川氏は「(地域再生のための)次の手を打ってきている。アート制作だけではない活動が恒常的に行われつつある。16年10月に発生した中越地震では、外部から訪れていた100人の人々が、この地に存在した。例えば生態学を研究する里山学会の大会を開くための準備作業などでだ。妻有を学問・文化の地としても再生できればいいと考えている」と将来への思いを語った。
【記者メモ】
聞きしに勝る感動。東京23区より広い760平方qという広大な中山間地を車で経巡ると突然、現代アートにめぐり会う。作品に仕掛けられた罠(わな)。引っかかった後の快感。結果としてわき起こる里山への愛着。どれも大地の芸術祭での体験だ。
総合ディレクターの北川フラム氏は「日本文化の根である里山を芸術家は美しく見せることができる。作品の制作課程で行われる作家と村人の協働作業が妻有の再生につながる」と話す。
いにしえより日本人が労働・生活の場所、文化の地として形成してきた里山に、現代アートという、まったく異質な、新たな文化を埋め込んだ。コラボレーションが実にうまくいった。もちろん北川氏が「1つ1つが悪戦苦闘の連続」という準備作業の積み重ねがあってのものだ。埋め込まれた新たな文化が、世界各国から参加している一流芸術家によるもの、という点も見逃せない。効率性一辺倒の時代に、最も非効率な存在である里山とアートが出会い、お互いの再生を試みている。文化を切り口とした地域再生の可能性が、ここに見える。
投稿者 machizukuri : 更新日2006年09月05日 | コメント (0)
