紙面紹介

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2008年05月05日 第175号

まちづくり新聞175号.jpg

被災業者が連携して仕事創出
弁当プロジェクトが地域経済を救う

 2004年の新潟県中越地震、そして07年の新潟県中越沖地震と2回の大災害にわたり、地元零細企業をいち早く立ち直らせたプロジェクトがある。被災した地元業者らが連携して、被災者やライフラインの復旧企業らに弁当をつくって提供した「弁当プロジェクト」だ。「被災地で弁当を作れば仕事が生まれる。仕事で得られた収入は被災者の生活再建への重要な資源となる。仕事があるということは被災者の精神的な支えとなり、地元の事業者が頑張ることは被災地に復興の希望を与える」。独立行政法人防災科学技術研究所リスク政策チームリーダーで「弁当プロジェクトのススメ」(発行:独立行政法人防災科学技術研究所)の著者・永松伸吾氏(35)は、被災者が自ら仕事をつくることが、復興の大きな鍵になると語る。その仕組みは、飲食業にとどまらず理髪やクリーニング、さらには大工・建設、衣服など地域をマーケットに事業を営んでいるあらゆる業種に当てはめられる可能性を秘めている。一方で、これまで「寄付すること=支援」と考えられてきたボランティアや義援活動を見直すきっかけにもなりそうだ。

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シリーズ 議員が提案する政策条例の動向
家族ぐるみで読書運動を推進

 読者に質問である。次の内容を規定した条例があると思われるだろうか。@〜Bそれぞれ「O」か「X」の二者択一で考えてもらいたい。@読書の意義を再認識し、家族ぐるみの読書運動を薦めている。A毎月9日と29日は、住民は酒を飲まない「休肝日」と決めた。B地域ぐるみで子どもをほめまくることにした。さて、回答である。@は「O」である。その名も「高千穂町家族読書条例」である(宮崎県)。高千穂町条例は、町の教育長の「読書活動推進」に対する強い思い入れにより制定したものである。高千穂町条例には「この条例は、読書の意義と教育的効果を再認識し、行政と学校並びに町内の各家庭が一体となって家族ぐるみの読書運動に取り組むことにより、家族間の望ましい人間関係の醸成と次代を担う子どもたちの心豊かな成長に寄与することを目的とする」(第1条)と明記されている。この目的を受けて、同町は文部科学省の「生きる力をはぐくむ読書活動推進事業」のモデル地区の指定を受け、高千穂町と地域が一体となった読書活動の推進を図っている。かなりユニークな条例である。

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福岡県が国を動かした
整備が進まない防災無線に革命

 災害情報をいち早く市民に伝える防災行政無線。2004年9月には国民保護法が施行され、その役割はますます高まっている。しかし、総務省によると全国における同報系の防災行政無線の整備率は約75%(18年度末)にとどまる。整備が進まない大きな理由は地方公共団体の懐事情だ。こうした中、福岡県では05年、それまでトラック業界などで使われていたデジタル移動無線「MCA無線(mcAccess e)」を、防災行政無線として活用するという奇想天外な発想により、整備費用を従来の3分の1程度に抑えることに成功した。国の考え方までを変えさせた福岡の挑戦は、防災行政無線における「革命」とも称されている。福岡県では7市町村がすでに新システムを導入し、当時34%と全国ワースト2位だった防災行政無線の整備率はこの2年間で51%にまで延びた。

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千葉・静岡・鳥取が100%
全国の防災無線整備率

 MCA無線によるふくおかコミュニティ無線の導入を決めた。このうち、大宰府市(人口6万7000人)では市内62カ所に拡声器を取り付け、総事業費を1億円以内(8850万円)に抑えた。防災安全係では「15年度の大雨でかなりの被害が出たことで防災行政無線の早急な整備を検討していたのですが、安くできるということで導入を決めました」(担当者)と話す。県内では、19年度末までには計7市町村が導入。34%だった防災行政無線の整備率はこの2年間で51%にまで延びた。あと数年で全国平均並みにはなる見通しだ。一方、機能面についても、学識経験者や関連メーカーの担当者で協議会を設置し、システムの制御方法などについて広く検討された。送信に必要なのは無線機とパソコンだけ。屋外の拡声子局だけではなく、移動局(車載型や持ち運び型)に対しても一斉に情報を伝達できる。その特長を生かし、グループごとに配信できるようにしたり、送信画面からそれぞれの子局が正常に動いているかを一目で確認できる機能も取り入れた。総務省の全国瞬時警報システム(JALERT)についても音源変換装置を付けることで子局からサイレン音で流せるようになっている。

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 2004年の新潟県中越地震。地震発生からおよそ2週間後、小千谷市では市内の避難所で生活する避難者の食料として8000食の弁当を被災した市内業者によって供給しようという活動が始まった。通常、被災地の食の確保は災害対策本部に必要数を連絡すると、被災地外で製造された弁当等が避難所へ届けられる。しかし、新潟県中越地震では、被災市町村が複数にわたっていたため、必ずしも十分な個数が届けられないことがあり、さらにめまぐるしく変化する被災地では明日の弁当が何食必要かを確定することが困難な状況だったという。加えて、交通事情が悪く、できあがった弁当は長時間かけて運ばれてくる。食中毒など二次災害の危険もあった。そこで、食料調達を担当していた小千谷市会計課の職員が、日頃から付き合いのあった会席組合の組合長に弁当の地元での製造を打診。8000食という大量な弁当はとても1社だけではさばけないため、組合長から地元の鮮魚商組合が紹介され、同組合が仕事を受けることになった。

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投稿者 machizukuri : 更新日2008年05月05日

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