この人に注目

北川正恭(早大大学院公共経営研究科教授)

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三重県の知事として、その改革手腕が全国から注目され、現在、政権公約=マニフェスト運動を展開する北川正恭氏に、なぜ今、マニフェストなのか聞いた。

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今なぜマニフェストが求められるのか?

 日本の政治を変えようと、全国を駆けずり回っている男がいる。「日本が1000兆円もの借金を背負ったのは、政治家も確かに悪いが、その政治家に白紙委任した有権者にも問題がある。政治家を選んだ責任は当然、有権者に帰ってくる。そのことに国民が気付かねば日本の将来はない」。三重県の知事として、その改革手腕が全国から注目され、現在、政権公約=マニフェスト運動を展開する北川正恭氏(早稲田大学大学院公共経営研究科教授)だ。マニフェストはまちづくりにおける政治家と市民の具体的な数値約束でもある。今なぜマニフェストが求められるのか、北川氏に聞いた。

■今なぜマニフェストなのか
 私がローカル・マニフェストの必要性を説いたのは2003年1月のことです。その年の統一地方選挙では、いくつかの先進自治体の首長がマニフェストを書き、秋に行われた総選挙では初めてパーティー・マニフェストが取り入れられました。その後、回を重ねるごとに、マニフェストは進化し、定着してきたと思います。地方が国を動かしたのです。
 そもそもマニフェストを提唱したのは、地方分権の一環なのです。
 話は今から10数年前にさかのぼります。
 当時、政治文化を変えるには選挙制度を変える必要がある、したがって政治改革はつまるところ選挙制度改革ということで一点突破の運動をスタートさせました。それが小選挙区制の導入です。
 中選挙区制は、5人の選挙区なら(選挙者の)10%〜15%とれば当選です。公共事業で東京から金をもってくることで当選できたわけです。しかし、そんな姿に政治不信がおきてきた。
 小選挙区制は、50%とらなくては当選できなくなりました。いわゆる公共事業族も、10%の指示が得られても、残る90%が反対すれば当選できなくなったわけです。
 つまり、政治家と有権者における「地盤、看板、カバン」というパトロンとクライアントの関係は、もう終わりにして、政策中心に選挙していこうということなのです。
 そもそも国会議員の仕事はローメーカー、法律をつくることです。小選挙区制にすることで、ローメーカーに徹してもらうことが目的だったのです。
■地方政治へは影響がなかったのでは?
 地方政治も大きく変わりました。国会議員が政策中心で立法府の仕事をするということは、地方のことは、地方に任さなければ成り立たないということです。
 地方のことは、知事なり市町村長が責任をもって行わなければいけないということです。すなわち小選挙区制と地方分権は密接に関係しているのです。
 2000年に地方分権一括法が施行され、国と地方の関係は「上下の関係」から「対等の関係」となり、地方の首長は国の出先事務所長ではなく経営者になりました。
 経営者だったら経営理念、経営方針を書き、それを達成するための実行体制をつくり、実行、検証といったことを行わなくてはいけません。それがマニフェスト・サイクルというものです。
 中央集権では国への陳情合戦だったのを、政策合戦にしよう、その政策は、自ら考え自己決定し、自己責任のもとに果たす。それを具体的な数値を示して市民と約束しようということです。
 小選挙区も地方分権もマニフェストも政策中心の選挙ということではすべて共通しているのです。
■マニフェストにより、市民意識はどう変わるのか?
 マニフェストは政治家の責任も問いますが、主権者である有権者の責任も双方向で問います。
 全国1000兆円の借金で悩んだのは政治家の責任もありますが、そうした政治家に白紙委任した有権者がおろかだったわけです。ここまで借金ができたという問題意識は、政治家も有権者も双方が共有しなくてはいけません。いままでは民主主義の錯覚をしていたにすぎないのです。
 市民意識が変わらなくてはこの国の未来はありません。マニフェスト運動は、こうした問題を気付かせることで、民主主義のインフラを整備していこうという運動です。
■マニフェストを一般市民に配布するのは公職選挙法の規制があって難しいようだが?
 マニフェストを実際に進めてみると、いろいろな課題が見えてきます。一般市民に配布しようと思っても制約が多すぎる、公示後はホームページの内容を変えることができない、財源を書いても補助金が国に握られていれば、達成できるかわからない・・・。つまり、マニフェストは民主主義社会を実現するための必要条件ではありますが、十分条件ではないということです。
 ですから、問題になった部分は、解決するようどんどん皆で変えていこうということです。
 公職選挙法を変えて配れるようにすればいい、ホームページもどんどん活用できるようにしよう、補助金が国に握られないように権限移譲をしよう・・・、マニフェストはこうした問題を気付かせてくれる道具なのです。
■今後、マニフェスト運動はどのように発展していくのか
 今、マニフェスト運動は新たな段階をむかえています。
 それは、大解釈です。要するに、政治を市民の手に戻す意思が首長にあるかどうかという、民主主義の根幹を問うところまできています。
 既存の総合計画、これまで通りの事業の進め方など、事実前提の政策をいくつ展開したところで、何も変わりません。新たな経営者が新たな価値感にもとづき目標を掲げ、それを達成するための具体的な約束を市民と交わすことが求められます。
 総合計画や、基本計画より、重要な位置付けになります。
 これからの首長は、どういう国を、あるいは、どういう県、どういう町村を目指すかという理念を示す大政治を行わなくてはいけません。
 自治体なら、住民総意によるまちの理念である自治基本条例をつくるべきでしょう。それがマニフェストを評価する判断指標にもなります。こうやって運動が進化していけばいいのです。
 議会のあり方も変わるべきでしょう。マニフェストで独裁的なことを書く人もいるかもしれない。その書き方をチェックできるのは、市民でもありますが、もちろん二元性における議会の役割が大きいわけです。
 中央集権体制では、ほとんどのローカル議会は追認機関で、首長と一緒に東京に陳情に行こうでした。ですから「中央政府」対「地方公共団体」と呼ばれ、「地方政府」と呼ばれることがなかったのです。
 議会は、在任期間中の考え方を契約書として示した首長をチェックするとともに、自らも条例をつくり、政策で競うべきです。

投稿者 machizukuri : 更新日15:15

藻谷浩介(日本政策投資銀行参事役)

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人口増減の徹底的な分析、そして全国すべての自治体を訪れるという徹底した現地主義により、日本のまちづくりを鋭く斬る藻谷氏。年間の講演回数は400回にも及ぶ。地域活性化のエッセンスは何か?

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人口減少時代のまちづくりエッセンス

 勝ち組み観光地の代表は、由布院玉の湯(大分県由布市湯布院町)・沖縄ザ・ブセナテラス(沖縄県名護市)だ。
 玉の湯は1人1泊2食付き3万円台からでディスカウントなし。食事は湯布院で取れたものしか出さない。サービスを徹底しており、従業員が客の2倍いる。コンセプトは「過ごしたかった日常」。
 コンクリートに囲まれた都会の住人が、癒しの空間(日常)に浸りたいため訪れる。ザ・ブセナテラスはホテルのほかに、1軒1軒分かれたコテージを持っている。1泊のチャージ料は13万円。沖縄の建設会社・噛場組が産業構造転換を図り経営を成功させた。開業以来ほぼ満室状態にある。
 2事例を見ても、完全に客の意識が変わってしまった。環境や景観をキーワードとした展開が消費者に受けている。
 商業面でも大きな変化が起きている。売り場面積のデータを見ると1991年に100だったものが、2004年には131にまで拡大した(グラフ1)。販売額はどうなったのか?逆に94にまで下落してしまった。この傾向は地方だけで、東京など都市圏は異なるかというとそうではない。都会も含め全国どこでも同じ状況なのだ。では小売販売額が伸びなくなった理由を、次の3つの中から選んでみてもらいたい。
 @長期不況による「デフレ」が原因。デフレさえ克服すれば回復する。A長期不況で1997年をピークに国民所得が落ちているため。B所得が増えないのに店を増やしすぎたため過当競争で値崩れが起きた。
 答えはBだ。商業活性化策といって、郊外にイオンを設置する、中心市街地に再開発で高層ビルを建設する、こうした行動は、火が消えそうになっている状況に、さらに水をかぶせるような行為だ。
 そもそもマクロ経済学だけに縛られると、経済の実態がわからなくなってしまう。
 例えば1990年に1・54だった出生率は2000年には1・36に下がった。では出生者数はどうなったのか?答えは横ばい。率が下がっても減らなかったのは親が増えたため。少子化について、だれも彼もが出生率でしか議論しない。今の日本では実は元気な子どもを出産できる30歳〜34歳の女性が多い。ところが15歳〜19歳代は、その年代層の6割しかいない。したがって(今の出生率が少々上向いても)10年後には子どもが4割も減るのだ。率を見るだけで実数を把握していないため状況判断ができない。ここが日本の最大のピンチなのに、マスコミを含め、だれも指摘しない。
 一方、高齢化率は2000年の17・4%が2015年には26%に上がる。ではお年寄りの数は、どうなるのか?答えは1・5倍も増える。65歳以上は、2000年に約2200万人だったものが、2015年には約3300万人に膨れ上がってしまうのだ。特に東京大都市圏の高齢化は深刻だ。2000年に人口全体の9%だった70代以上は、2020年には20%を占める(グラフ2)。ところが都会では、高齢者対策が進んでいない。
 さて、さらに質問だが、失業率・失業者数・就業率・就業者数、この中で日本の経済に1番影響を与える要素はなにか?政府は、失業率を一般的な景気判断として使っている。私の答えは、就業者数だ。失業している人が何千万人いようが、働いている人が増えていれば、世の中の景気は良くなる。日本で平成8年が1番働く人が多くて元気だったため、ここが日本経済のピークだと考えている。バブルが崩壊しても働く人が増えていたのだ。就業者が増えれば給料が増え、消費が上向くなど結果的に日本の景気を押し上げる。
 私は出生率、高齢化率、失業率、この3要素をもとに組み立てられた経済理論はナンセンスだと思っている。率ばかりに目をやり実数を見ていないため、現実から遊離してしまう。今のマクロ経済学だけでは物事が見えなくなる。
 平成2年に6915万人いた20歳〜59歳の現役層は、平成12年には185万人も増え、7100万人となった(グラフ3)。バブルが崩壊しても国民所得は増えたのだ。ところが平成17年には153万人も減り、6947万人となり、平成32年には実に1057万人も減少し、6043万人となってしまう。現役が激減する。
 これに対して国はあわてて子どもを増やす政策を推進している。しかし15年後に20歳となるには、今5歳でなければならない。現役層減少を補う政策とはなっていない。移民政策を挙げる人もいるが、これも絶対数をカバーできるものではない。現在登録している外国人は197万人(日本の総人口の1・55%)で、この10年間で60万人が増えた。しかし15年間で1000万人が減ることに対する根本的な解決策とはならない。1000万人という数字を移民で補うことは、必要な福祉・教育対策を考えれば絶対に出来ない。
 総人口が減り、現役が減り、高齢者が増える中で、住宅建設を推進する政策が、いかにバカなことかわかる。既に日本中に住宅が5000万棟もあるのだ。世帯は4000万しかない。1000万は既に空家。東京都市圏を中心に団塊世代が購入した住居なのだ。
 今日本で起きつつあることは高齢者が増え、現役世代が減るという事実。この流れの中では、由布院玉の湯は今後も確実に繁盛する。センスの良いお年寄りを対象とした商売が確実に儲かるのだ。

日本の国際競争で勝利したお金は増えている!
地権者対策がポイントだ
 これから日本の環境は激変する。70代以上が全人口の2割以上になる(グラフ4)。再来年を注目する必要がある。まず小売販売額が、ものすごい勢いで落ちる。オフィス・通勤定期需要などが激減する。シティホテルの経営は厳しくなる。団塊世代の退職者が本格化するためだ。どうすればいいのか?日本が滅びるという評論家もいる。
 しかし日本は滅びない。対応をすればいいのだ。では何をするのか?安全安心で景観の良いまちづくりをする。まちづくりの成功した地域には、世界中の観光客や文化人がなだれ込む。この反対のイメージが六本木ヒルズ。15年もすればボロボロで、かならずうまくいかなくなる。
 日本が滅びないという理由には、日本の輸出が外貨を稼いでいる事実がある。日本製品の販売額は現在63兆円(2005年)。バブル期の41兆円より20兆円も増加している。貿易黒字額(輸出―輸入)は10兆円前後を推移している。海外投資のリターンである金利=所得黒字は11兆円。バブル期の3兆円の4倍近くになっている。世界一の金持ち国が不況だと嘆き、国内では汚い高層ビルを建てまくっている。国際競争で勝利したお金を、国内の本当のまちづくりに投資していないのだ。
 本当のまちづくりをどうやれば良いのか?従来と全然異なることにチャレンジする。人口が減り、高齢者が増える中、例えれば花のような地域にすることを目指すべきだ。根(家)、葉(企業の事業所)、茎(病院・学校・役所・集会所)、そして花(お店)が、しっかりと存在する中心市街地づくりだ。定期借地権を活用し、店・住宅・オフィス・病院・役所を中心街に戻す。
 これまでは商店街・住民・行政だけで進めてきたが、地権者を忘れてしまったため、ことごとく失敗してきた。ではどうやって地権者を巻き込むのか。国はまちづくり3法見直しを行った。さらに中心市街地で貸し渋り空き店舗を抱える地権者に対する課税などを検討している。店舗などに貸し出さないような権利者に対し税金が掛かる仕組みだ。まちづくりのための条件は揃いつつあるのだ。

投稿者 machizukuri : 更新日13:41 | コメント (0) | トラックバック

稲本正(トヨタ白川郷自然学校校長、オークヴィレッジ代表)

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「環境問題は大変な状況だ。しかし、いくら法律が整備されても、新しい技術が開発されても、それにかかわる人々の意識に大改革が起きないことには展望が開けない」。世界の森林を知り、現在、トヨタ白川郷自然学校の校長を務める稲本正氏に環境再生の糸口を聞いた。
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自然、伝統文化、環境技術の融合

■自然学校が目指すものは?
 環境問題は大変な状況になっている。このままいけば、人類が滅びるのは当然と言える。しかし、環境問題において、いくら法律が整備されても、どれだけ環境技術が開発されても、それにかかわる人々の意識に大改革が起きないことには展望が開けない。こういうふうにすればよくなるという成功モデルをつくることが重要だ。
 物事が社会現象になるにはいくつかのステップが必要になる。まず、イノヴェーターと呼ばれる新しい概念に真っ先に飛びつく人がいて、その人たちが発見したモノや事を、アーリー・アダプターと呼ばれる新しい動向に敏感なオピニオン・リーダー的な人たちが取り上げなくてはいけない。この人たちに評価されると、アーリー・マジョリティー(初期追随者)、レイト・マジョリティー(後期追随者)が現れ、社会現象に発展する。
 環境問題はまだ、アーリー・アダプターの段階。アーリー・マジョリティーまで持っていくためにも循環型モデルをつくることが大切。
■参加者に期待することは?
 押し付け的な教育は絶対にしたくない。楽しみながら何かを気付いてもらえればいい。
 近代文明がどんどん発達してきて、人間が幸福になれるかと思ったが、化石資源に囲まれた生活は、実のところあまり心地よいものではなかった。もう1回、自然素材に囲まれた環境と健康にいい生活を見直し「素材のいいものが手に入るためには自然がいい状態でなくてはいけない」ことを考えてほしい。
 その上で、ここを訪れた人に、多少なりとも気持ちいいと感じてもらい、彼らが家に帰って同じような場所をつくりたいと思ってもらえたら何よりだ。
 日本の伝統文化の中には、自然素材を使ったすばらしいものがたくさんある。そこに新しい環境技術、例えば燃料電池や、風力発電、太陽電池を融合させれば、人類は自然と共生ができ、未来が開ける。
■「地域との共生」もテーマに掲げているが?
 共生の前にまず共存を考えることが大切だ。新しい施設ができると、どうしても地元とバッティングして喧嘩になってしまう。だから、うちでは、料理をフランス料理にして地元との差別化を図ったり、地元民宿は和室なので、こちらは完全に洋室にしている。
 つまり、白川と違ったものをつくることによって、地元との共生の第一歩が始まると考えている。
 自然学校にも、地元雇用のインタープリターやパートがいるし、地域のお祭りに参加したり、田植えや茅葺の葺き替えにも人を出している。講演などで有名人を呼べば、無料で地元の方々を招待している。
 急に外から来た人と、最初からそこにいた人が一緒にやってうまくいくはずがない。ただ、こうした取り組みにを続けることによって、少しずつ理解されてくるだろうし、一緒になって地域を活性化させていくことは必ずできる。
 逆に、地元にも、白川村にしかつくれない農産物や林産物を育てるなど頑張ってもらいたい。こうした地場産業をしっかりと築いていくことで、環境と健康にいい町を、自然学校と白川村が一緒になってつくりあげていくことになる。

投稿者 machizukuri : 更新日14:53 | コメント (0)

伊藤滋(早稲田大学教授)

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小泉政権の目玉事業の1つ「都市再生」。学識経験者などで構成する都市再生戦略チーム座長で早稲田大学教授の伊藤滋氏に地方の都市再生・活性化について聞いた。


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地方の2番目の都市を再生せよ!

地方都市再生の現状を、どう見る?
 人口10万前後の、各県における2番目の都市が課題だと思っている。3全総(第3次全国総合開発計画、昭和52年閣議決定)時代から議論の対象となっていた。県庁所在都市は、国との直結度が高く、質の高い行政官がおり、道路・多目的ホール・運動公園などが公共事業により整備されている。それに比べ2番目の都市は、ぱっとしない。しかし歴史・文化性は高い。江戸時代の由緒ある領主がいた場所が多いからだ。例えば、青森県の弘前市、秋田県の大館市、山形県の鶴岡・米沢市、新潟県の長岡市など。「県庁所在」と別のてこ入れがあっていい、という意見があった。第5次(全国総合開発計画、平成10年閣議決定)で目標とした文化的雰囲気の構築につながった。美術館・公園など、歴史・文化といったソフト領域を十分考えたハード施設を整備する政策として展開されている。21世紀の新しい都市の生き様を暗示するものとなった。
 昭和の終わりから平成にかけ、郊外に戸建て住宅が、いっぱいできた。価格が安いため取得しやすく、その住宅に、自動車に象徴される20世紀の文明装置や、小さいけれどお花畑、そうしたものを詰め込むことが、市民の理想像だった。その後、流通革命が起き、ショッピングセンター(SC)が郊外に立地され、大きな波となって「県庁所在」・「10万都市」の別なく押し寄せた。「県庁所在」は人口・都市集積が大きいため、商業活力が維持できる。「10万都市」は、そうはいかない。(3万人〜5万人の)周辺都市も巻き込まれながら商業機能が奪われていった。
 郊外に戸建て住宅の集積ができると、居住人口に偏りが発生した。かつて旧市街地・郊外の比率は5対5だったものが、ひどい場合は2対8といった地域も出てきた。
昭和から平成にかけて
 問題は政治的シフトが起きたこと。市長選挙は、旧市街地より郊外票が多くなった。かつて5対5だったが、いまは2対8。そうなると市長は掛け声だけ既成市街地・シャッター街の再生と言うが、具体的な政治的展開は郊外選挙民を意識せざるを得ない。世の実態を知らない文化人たちは中心市街地が大切だと言うが、政治の世界は、そうならなくなった。昔から保守系に影響力のある農村集落票に、郊外票という新たな票が加わり、全国の市長さんの行動を決めるようになった。
まちづくり3法見直しで国はコンパクトシティーを目指しているが逆の実態がある
 国は市長さんの選挙とは関係ない。環境・文化・地場産業が大切で郊外化はおかしい、というのは世界的傾向。国は、あるべき姿をスローガンとして提示した。
 しかし国の考えに市長さんが乗れるか。限られた市財政を既成市街地に半分でもいいから投入する必然性があるか。投票する人間は郊外に8割もいる、だから財政の8割は郊外に費やすべきだと。


NPOへの寄付制度で活性化を

地方の都市再生を、どうすればいいのか?
 絶対という答えはない。ステレオタイプの回答が出にくい。地域の都市再生の方策は千差万別となる。答えは1つではない。中心市街地再生をあきらめる都市があるかと思えば、中心市街地のため財政を傾けよう、という都市が出てくる。
対策として絶対的なものはない?
 ない。逆に、答えが多様なほど日本は良くなると思う。日本は同じ方向へ進むことが大好きだが、多様な「解」が多いほど幸せな時代となったのではないか。
 ところで郊外SCが悪者にされるが、本当に悪者なのか。例えば、地域住民のイオンなどSCに対する評価は、必ずしも悪いわけではない。地方の大学生は、中心商店街はつまらない、SCは若者感覚に合うと言う。空調がしっかりしているため、お年寄りにとっても居心地が良い。中年の婦人は、郊外SCの平面駐車場に比べ、都心の立体駐車場の使い勝手は悪い、という。徹底的に聞くと実は郊外店が良いという声が多い。SCに対抗できる中心商店街をつくることは容易ではないのだ。
多様な形が想定できるとすれば、国(都市再生本部)は、どんな政策をとるのか?
 まず都市再生本部はまちづくり3法見直し(テーマは「コンパクトシティー」)に直接関与していない。現在は、まちづくりの担い手となるNPO支援を考えている。15年度から始めた「全国都市再生モデル調査」事業(全国の先進的な都市再生活動を支援)の中で、NPO主体のケースが増えてきている。地方のNPOが行動している分野が、いかに幅広いか、都市づくりを考えている役人の考えがどんなに狭かったか、国は勉強した。そこで市役所とパートナーシップを組んでもらい、まちを変えてもらおうと。変え方はいろいろある。郊外を良くする、中心市街地を再生する、歩きやすいまちづくり、福祉に良いまちづくりなど。環境問題をクリアできれば、自動車の活用を考えるNPOがあってもいい。市役所・NPOの連携が運動体となれば、その都市にある問題を解決し得る。
 「10万都市」は公(パブリック)が支援しないと再生は難しい。決定打はなく漢方薬のような施策となる。
一般論として、NPOのマネジメントが、うまくいっていない、との指摘があるが?
 市民がNPOに寄付をする習慣をつくりたい。そのため課税対象から寄付額を控除する制度を導入している(※)。好きでも嫌いでも税金は市役所に強制的にとられるが、NPOに対しては好きなところだけに寄付をすればいい。もともと日本では(鎮守の森などの)お祭りへの寄進や、町内会に対するものなどがあったのだ。資金を得たNPOは多彩なまちづくりを展開できる。
都市再生本部などが展開しつつある、地方大学・自治体の連携による地域活性化策は、どんなものか?
 25年くらい前にスウェーデンの第3の都市マルモを訪れた時のイメージがあった。それを国へ提言した。産業都市だったマルモは、そのときあらゆる産業が疲弊し、その対策として、お年寄りを中心市街地に呼び込む政策を展開していた。背景には福祉政策として国が、高齢者への補助制度を導入していたのだ。中心市街地のアパートに高齢者が住むと、そこの1階に、しゃれたパン屋・肉屋・牛乳屋・花屋などが店を構える。アルバイトをしている大学の若い女の子・男の子から影響を受けた、お年寄りが買い物を始める、という好循環が生まれた。マルモで見たお年寄り・大学生の結びつきによる活性化が原型だ。
最後に、少子高齢化・成熟化社会における今後の日本のグランドデザインは、どうあるべきか?
 日本を大きく引っ張っていくのは東京。「県庁所在」は地域経済では中枢に位置され、別グループとなる。個人的思いとすれば「10万都市」を大切にしたい。歴史があり、自然に近く、人間関係に濃密なものがある。砂漠のような大都会の関係ではない。まちづくりの結果、ある都市は中心市街地が花で埋め尽くされる、ある都市は郊外で生き生きと生活できる、ある都市はお年寄り・大学生が密接に生きれる、といった多様な姿が生まれる。そうなれば日本は、おもしろくなる。


投稿者 machizukuri : 更新日15:23 | コメント (0)